野いちご源氏物語 一四 澪標(みおつくし)

 その秋、源氏(げんじ)(きみ)住吉(すみよし)大社(たいしゃ)にお参りに行かれた。須磨(すま)(あらし)で命を助けていただいたお礼と、明石(あかし)明石(あかし)(きみ)に出会わせてくださったお礼、そして無事に都に戻ったご報告をなさる。たくさんの貴族たちが(われ)も我もとお(とも)をした。
 ちょうど明石の君も船で住吉大社へ行こうとしていた。父入道(にゅうどう)は年に二回、娘にお参りをさせている。
 女君(おんなぎみ)を乗せた船が住吉大社の近くの岸に着こうとしたとき、陸で大騒ぎしている一行(いっこう)が見えた。神様に差し上げる宝物をたくさん運んでいる。神前(しんぜん)で音楽を演奏する人たちも連れていた。

「どなたがお参りなさるのですか」
 明石の君のお供は岸まで行って、一行の(はし)にいた人に尋ねる。
「源氏の君ですよ。知らない人がいるとはね」
 下働きの男だというのに晴れ晴れとした笑顔で言った。
 明石の君は()やむ。
<どうしてよりにもよって同じ日に来てしまったのだろう。船から華やかなご様子を拝見しているしかないのか。しょせん私はその程度の身分なのだ。いつも源氏の君のことを思っているけれど、それは(むな)しい一方通行で、お参りの予定さえ知ることのない間柄(あいだがら)だ>
 ひどく悲しくなって人知れず涙を流した。

 女君の船から深緑色の松林(まつばやし)が見える。木々の間に(あざ)やかな色の着物がちらちらしている。まるで花や紅葉(もみじ)を散らしたようだった。
 見覚えのある家来たちもいた。明石では地味な格好をしていた人たちだから、打って変わった華やかな姿に驚く。()(かざ)った一行に明石の君の供たちも見とれている。
 源氏の君のお姿はもちろん見えない。それらしい乗り物が遠くにあるだけなのが、女君にはかえってつらい。
 馬に乗ってお供をする少年に、たくさんの人がお仕えしていた。
<あれは亡きご正妻(せいさい)がお生みになった若君(わかぎみ)だろう。あんなに大切にされていらっしゃる。私や姫とは住む世界が違う方たちなのだ>

 明石の君がつらくなっていると、陸の方はさらににぎやかになった。摂津(せっつ)(くに)の長官がやって来て、一行(いっこう)を出迎える。盛大な接待(せったい)がされるのだろうと思うと、女君はもうここにいられない気分になった。
「源氏の君のご一行にまぎれてお参りしたところで、神様は私たちにお気づきくださらないだろう。とはいえせっかくここまで来たのだから、難波(なんば)の岸に船を()めて、お(はら)いだけは」
 と予定を変更する。