天気……昨夜、寝ている間に小雨が降ったらしく、目が覚めた時、うちの入口の前がじっとりと湿っていた。入口の近くにある樹木や草花の葉先から、透き通った水滴が、ぽとりぽとりと地面に落ちているのが見えた。うちの外に出てみると、公園の花壇に咲いている菊の花も、しとどに濡れていて、花びらの上できらきらと輝いているしずくが、深まりゆく秋の風情に、そこはかとなく彩りを添えていた。
昨夜、妻猫はよく眠れなかったのか、夜中に何度も寝返りを打っていた。夜が明けて、外が少し明るくなってきた時、妻猫が眠そうな顔をしながら
「パントーはこれからどうするのでしょうか」
と、心配そうな声で聞いた。
「大丈夫ですよ。杞憂に過ぎないですよ」
ぼくは、そう答えた。
「昨夜、よく言って聞かせたから、パントーは今日、その友だちと会った時に、時間の大切さについて話しあって、もう時間の浪費はしないと思いますよ」
ぼくはそう答えた。
「そうだといいのですが……」
妻猫はまだ顔を曇らせていた。
「パントーは、のほほんとした性格だから、今のような、だらしない生活が性に合っているので、このままそのような生活に、のめり込むのではないかと思って……」
「そんなことは、けっしてないよ。パントーを信じようよ。パントーが今のような生活をしているのは、最近付きあい始めた友だちのせいだから」
ぼくはそう言って、妻猫の心配を払拭しようとした。
みんなで朝ご飯を食べた後、パントーは、うちを出ていった。
パントーはこれまでは、首にビニール袋をさげて、その中に、うちの食料であるビスケットやミニトマトを入れて出かけていた。しかし今日は何も持たないで、うちを出ていこうとしていた。
「お前、今日はビニール袋は持っていかないのか」
出かける前に、ぼくはパントーに聞いた。パントーがうなずいた。
「今日は何も食べないから、ウンチもしないと思うので、ゴミ袋を持っていく必要はないよ」
パントーがそう答えた。
「そうか。では友だちとおしゃべりをしながら、楽しいひとときを過ごしてきなさい」
ぼくはそう言って、パントーを送り出した。
この日、パントーは、お昼前に、もううちへ帰ってきた。
「あれっ、パントー、どうしたのだい?」
ぼくは、けげんに思って、パントーに聞いた。
「友だちと会って、食べたり飲んだり寝たりするだけの生活は時間の無駄だから、やめようと言ったの。そうしたら友だちが不機嫌そうな顔をして、楽しく生きることのどこが悪いと言った。食料を持ってこなかったぼくは、もう友だちではないと言って、相手にしてくれなかった」
「そうか。そういうわけだったのか。お前はこれまで、うちの食料を持っていったのか」
ぼくは、わざと知らないふりをして、そう聞いた。
パントーが申し訳なさそうな顔をして、うなずいた。
「ごめんなさい。友だちと楽しく付き合うためには、どうしても、食料が必要だったから」
パントーが罰の悪そうな顔をしながら弁解した。
「いいよ、いいよ。すんだことは、もういいよ」
ぼくは気持ちを押し殺して、そう言った。
「そのような飲み食い猫とは、よい友だちにはなれないので、絶交されてよかったとお母さんは思っているわ」
妻猫がそう言った。
サンパオやアーヤーも、パントーが飲み食い猫と別れたことを知って、とても喜んでいた。
「パントー、これからはもっとダイエットをしてね。そのほうが健康にいいよ」
サンパオがそう言った。
「パントー、これからはもっとよい友だちを見つけてね」
アーヤーがそう言った。
パントーは神妙な顔をしてうなずいていた。
それにしても、うちの子どもたちはみんな友だち作りに失敗したので、ぼくは意気消沈していた。妻猫も浮かない顔をしていた。子どもたちもみんなすっかり自信を失って、しょげていた。しかし、この世の中は順風満帆にはいかないことが多いし、失敗の中から教訓を読み取って、成長の糧にすることができるので、ぼくは子どもたちの失敗をいいほうに考えることにした。そのほうが気が楽になるし、道も開けていくと思うからだ。
「大丈夫だよ。失敗にめげないで、これからもたくさんの友だちと付き合って交際の輪を広げていきなさい」
ぼくはそう言って、沈んでいる子どもたちを励ました。
しばらくしてからサンパオが
「ぼくは、猫に限らず、ほかの動物とも友だちになれたらいいなあと思っている」
と、ふっと、そう言った。
「それもいいかもしれないな」
ぼくはうなずきながら、そう答えた。
「父さんにも、地包天やフェイナという犬の友だちがいる。猫の言葉と犬の言葉は違うが、父さんは犬の言葉も話せるので犬と友だちになれる。もしお前が、犬と友だちになりたかったら、父さんが通訳をして手伝ってやるよ」
ぼくはそう言った。
「ありがとう」
サンパオがそう答えた。
「お父さん、覚えている?」
サンパオが聞いた。
「何を?」
ぼくはすぐに聞き返した。
「四川大地震が起きた時、災害救助犬として活躍していた公爵と黒騎士のことを」
「ああ、よく覚えているよ。公爵も黒騎士も大活躍したからな」
ぼくは当時のことを思い出しながら、そう言った。
「公爵はもう、ぼくの心の中にしかいないけど、黒騎士はまだどこかにいると思うので、探し出して、友だちになりたいの」
サンパオがそう言った。
「そうか、そんなことを思っていたのか」
ぼくが想像だにしていなかったことをサンパオが口にしたので、ぼくは意外に感じた。
英雄として華々しい活躍をした黒騎士と公爵のことは当時、マスコミで盛んに報道されていた。今でも多くの人の記憶の中に残っている。身の危険を顧みずに人命救助のために東奔西走した救助犬を探し出して、友だちになりたいと思っているサンパオの気持ちを知って嬉しくもあった。
世界中を震撼とさせる四川大地震が起きた時、公爵も黒騎士も危険を恐れずに、がれきの中に飛び込んでいって、人命救助のために奔走していた。倒壊した建物の中に閉じ込められたり、家具の下敷きになった人を何十人も見つけ出して、人に知らせて救出した。その様子を間近で見ながら、公爵と黒騎士の働きぶりに、ぼくは心から感心していた。公爵は倒れてきたがれきの下敷きになって後ろ足に重症を負い、息が絶え絶えになった。それを見て、救助隊員が、公爵はもう百パーセント助かる見込みはないと思って、銃殺した。黒騎士も倒れてきた板塀が体を直撃して、左の後ろ足を挟まれて、障害を負い、救助犬としての役割が果たせなくなった。黒騎士は銃殺される前に、足を引きずりながら、どこかへ去っていった。ぼくと妻猫は何日もかけて黒騎士を探し回り、ようやくある日、深山の川のほとりで傷を癒やしている黒騎士の姿を見かけることができた。傷口が悪化して高熱が続き、生命の危機にさらされていたが、ぼくと妻猫は近くに自生していた薬草を摘んできて、水と一緒に飲ませた。奇跡的に熱が下がり、ぼくと妻猫がほっとしたのもつかの間、黒騎士は、それからまもなく黙ってどこかへ行ってしまった。それ以来、黒騎士は行方が分からなくなってしまった。そのころサンパオはまだ生まれていなかったが、ぼくと妻猫から黒騎士の話を聞いて黒騎士のことを崇拝していたサンパオは、いつか黒騎士に会いたいと、心の中でずっと思っていた。
「黒騎士と友だちになって、ぼくもいつかは人の役に立つことをしたい」
サンパオが、力強い声で、そう言った。
「そうか、それはいいな。父さんも協力するよ」
ぼくはそう答えた。
黒騎士は勇敢で、利他的な犬だから、サンパオが黒騎士と友だちになったら、サンパオは感化されて、心の中に豊かなものをたくさん取り入れることができる。そのための手伝いを、ぼくもぜひしたいと思っている。
「お父さんの協力が得られた以上、ぼくはできるだけ早く、探しに行きたいと思っている」
サンパオがそう言った。
「『思い立った日が吉日』というからな」
ぼくはそう答えた。
「しかし当て推量で探し回っても、疲れるだけだし、時間の無駄だ。探しに行く前に、父さんが事前に情報を集めて、いそうな場所の見当をつけるから、それまで待ちなさい」
ぼくがそう言うと、サンパオはうなずいた。
ぼくはそれからまもなく、うちを出た。何か相談したいことがある時には、ぼくはすぐ老いらくさんのところに行く。老いらくさんは知恵があるので、黒騎士の居場所を特定するための情報を集めるよい方法を知っているかもしれない。ぼくはそう思った。
湖畔にそって、しばらく歩いていると、向こうから老いらくさんがやってきた。老いらくは、ぼくのにおいを知っているので、近づいていくと、それを感じて、向こうからやってくる。今日もそうだった。
「笑い猫、わしに何か用か」
老いらくさんが聞いた。
「うちのサンパオが友だちを探すために、うちを出ると言っているのです」
ぼくはそう答えた。
「近くにはいないのか」
老いらくさんが聞いた。
ぼくはうなずいた。
「公園の中で開かれている猫たちの親睦会によく行って、友だちを探そうとしていました。でも、まだよい友だちとは巡りあえないでいます」
ぼくはそう答えた。
「そうか、それは残念だったな。それで遠くまで探しに行こうとしているのか」
「そうです。それも猫ではなくて犬と友だちになりたいと言っています」
「犬?」
老いらくさんが、けげんそうな顔をした。
「そうです、犬です」
「どんな犬だ?」
「覚えていますか、公爵と黒騎士のことを」
老いらくさんがうなずいた。
「もちろん覚えているよ。四川大地震の時に大活躍した災害救助犬のことだろう」
「そうです。あの犬です。公爵はもうこの世にいないけど、黒騎士はまだどこかにいると思うので、探し出して友だちになりたいと言っています」
「そうか。サンパオがそんなことを言っているのか」
老いらくさんが感心したような声で、そう言った。
「サンパオの父親として、ぼくもできるだけ協力してあげたいと思っています。でもどこにいるか、さっぱり見当もつかないので、居場所を特定するための何かいい方法をご存じでないかと思って聞きに来たのです」
ぼくはそう答えた。
「そうか、そういうわけだったのか」
老いらくさんは、そう言ってから、しばらく考えにふけっていた。
「そうだなあ……、例えば、こんなのはどうだろうか」
老いらくさんがそう言った。
「何ですか。何か、いい方法がひらめきましたか」
ぼくは身を乗り出すようにして聞き返した。
「わしには子孫がたくさんいる。この公園の中はもちろん、公園の外にもたくさん住んでいる。子孫からいろいろな情報を得て、町の様子を知ることができる。黒騎士は黒いラブラドル・レトリバー犬で、左の後ろ足に障害がある犬だから、特徴があって目立ちやすい。そのような犬を見かけたことがないか、子孫たちに聞くことができる」
老いらくさんがそう言った。
「いいですね。お願いします」
ぼくはそう答えた。
昨夜、妻猫はよく眠れなかったのか、夜中に何度も寝返りを打っていた。夜が明けて、外が少し明るくなってきた時、妻猫が眠そうな顔をしながら
「パントーはこれからどうするのでしょうか」
と、心配そうな声で聞いた。
「大丈夫ですよ。杞憂に過ぎないですよ」
ぼくは、そう答えた。
「昨夜、よく言って聞かせたから、パントーは今日、その友だちと会った時に、時間の大切さについて話しあって、もう時間の浪費はしないと思いますよ」
ぼくはそう答えた。
「そうだといいのですが……」
妻猫はまだ顔を曇らせていた。
「パントーは、のほほんとした性格だから、今のような、だらしない生活が性に合っているので、このままそのような生活に、のめり込むのではないかと思って……」
「そんなことは、けっしてないよ。パントーを信じようよ。パントーが今のような生活をしているのは、最近付きあい始めた友だちのせいだから」
ぼくはそう言って、妻猫の心配を払拭しようとした。
みんなで朝ご飯を食べた後、パントーは、うちを出ていった。
パントーはこれまでは、首にビニール袋をさげて、その中に、うちの食料であるビスケットやミニトマトを入れて出かけていた。しかし今日は何も持たないで、うちを出ていこうとしていた。
「お前、今日はビニール袋は持っていかないのか」
出かける前に、ぼくはパントーに聞いた。パントーがうなずいた。
「今日は何も食べないから、ウンチもしないと思うので、ゴミ袋を持っていく必要はないよ」
パントーがそう答えた。
「そうか。では友だちとおしゃべりをしながら、楽しいひとときを過ごしてきなさい」
ぼくはそう言って、パントーを送り出した。
この日、パントーは、お昼前に、もううちへ帰ってきた。
「あれっ、パントー、どうしたのだい?」
ぼくは、けげんに思って、パントーに聞いた。
「友だちと会って、食べたり飲んだり寝たりするだけの生活は時間の無駄だから、やめようと言ったの。そうしたら友だちが不機嫌そうな顔をして、楽しく生きることのどこが悪いと言った。食料を持ってこなかったぼくは、もう友だちではないと言って、相手にしてくれなかった」
「そうか。そういうわけだったのか。お前はこれまで、うちの食料を持っていったのか」
ぼくは、わざと知らないふりをして、そう聞いた。
パントーが申し訳なさそうな顔をして、うなずいた。
「ごめんなさい。友だちと楽しく付き合うためには、どうしても、食料が必要だったから」
パントーが罰の悪そうな顔をしながら弁解した。
「いいよ、いいよ。すんだことは、もういいよ」
ぼくは気持ちを押し殺して、そう言った。
「そのような飲み食い猫とは、よい友だちにはなれないので、絶交されてよかったとお母さんは思っているわ」
妻猫がそう言った。
サンパオやアーヤーも、パントーが飲み食い猫と別れたことを知って、とても喜んでいた。
「パントー、これからはもっとダイエットをしてね。そのほうが健康にいいよ」
サンパオがそう言った。
「パントー、これからはもっとよい友だちを見つけてね」
アーヤーがそう言った。
パントーは神妙な顔をしてうなずいていた。
それにしても、うちの子どもたちはみんな友だち作りに失敗したので、ぼくは意気消沈していた。妻猫も浮かない顔をしていた。子どもたちもみんなすっかり自信を失って、しょげていた。しかし、この世の中は順風満帆にはいかないことが多いし、失敗の中から教訓を読み取って、成長の糧にすることができるので、ぼくは子どもたちの失敗をいいほうに考えることにした。そのほうが気が楽になるし、道も開けていくと思うからだ。
「大丈夫だよ。失敗にめげないで、これからもたくさんの友だちと付き合って交際の輪を広げていきなさい」
ぼくはそう言って、沈んでいる子どもたちを励ました。
しばらくしてからサンパオが
「ぼくは、猫に限らず、ほかの動物とも友だちになれたらいいなあと思っている」
と、ふっと、そう言った。
「それもいいかもしれないな」
ぼくはうなずきながら、そう答えた。
「父さんにも、地包天やフェイナという犬の友だちがいる。猫の言葉と犬の言葉は違うが、父さんは犬の言葉も話せるので犬と友だちになれる。もしお前が、犬と友だちになりたかったら、父さんが通訳をして手伝ってやるよ」
ぼくはそう言った。
「ありがとう」
サンパオがそう答えた。
「お父さん、覚えている?」
サンパオが聞いた。
「何を?」
ぼくはすぐに聞き返した。
「四川大地震が起きた時、災害救助犬として活躍していた公爵と黒騎士のことを」
「ああ、よく覚えているよ。公爵も黒騎士も大活躍したからな」
ぼくは当時のことを思い出しながら、そう言った。
「公爵はもう、ぼくの心の中にしかいないけど、黒騎士はまだどこかにいると思うので、探し出して、友だちになりたいの」
サンパオがそう言った。
「そうか、そんなことを思っていたのか」
ぼくが想像だにしていなかったことをサンパオが口にしたので、ぼくは意外に感じた。
英雄として華々しい活躍をした黒騎士と公爵のことは当時、マスコミで盛んに報道されていた。今でも多くの人の記憶の中に残っている。身の危険を顧みずに人命救助のために東奔西走した救助犬を探し出して、友だちになりたいと思っているサンパオの気持ちを知って嬉しくもあった。
世界中を震撼とさせる四川大地震が起きた時、公爵も黒騎士も危険を恐れずに、がれきの中に飛び込んでいって、人命救助のために奔走していた。倒壊した建物の中に閉じ込められたり、家具の下敷きになった人を何十人も見つけ出して、人に知らせて救出した。その様子を間近で見ながら、公爵と黒騎士の働きぶりに、ぼくは心から感心していた。公爵は倒れてきたがれきの下敷きになって後ろ足に重症を負い、息が絶え絶えになった。それを見て、救助隊員が、公爵はもう百パーセント助かる見込みはないと思って、銃殺した。黒騎士も倒れてきた板塀が体を直撃して、左の後ろ足を挟まれて、障害を負い、救助犬としての役割が果たせなくなった。黒騎士は銃殺される前に、足を引きずりながら、どこかへ去っていった。ぼくと妻猫は何日もかけて黒騎士を探し回り、ようやくある日、深山の川のほとりで傷を癒やしている黒騎士の姿を見かけることができた。傷口が悪化して高熱が続き、生命の危機にさらされていたが、ぼくと妻猫は近くに自生していた薬草を摘んできて、水と一緒に飲ませた。奇跡的に熱が下がり、ぼくと妻猫がほっとしたのもつかの間、黒騎士は、それからまもなく黙ってどこかへ行ってしまった。それ以来、黒騎士は行方が分からなくなってしまった。そのころサンパオはまだ生まれていなかったが、ぼくと妻猫から黒騎士の話を聞いて黒騎士のことを崇拝していたサンパオは、いつか黒騎士に会いたいと、心の中でずっと思っていた。
「黒騎士と友だちになって、ぼくもいつかは人の役に立つことをしたい」
サンパオが、力強い声で、そう言った。
「そうか、それはいいな。父さんも協力するよ」
ぼくはそう答えた。
黒騎士は勇敢で、利他的な犬だから、サンパオが黒騎士と友だちになったら、サンパオは感化されて、心の中に豊かなものをたくさん取り入れることができる。そのための手伝いを、ぼくもぜひしたいと思っている。
「お父さんの協力が得られた以上、ぼくはできるだけ早く、探しに行きたいと思っている」
サンパオがそう言った。
「『思い立った日が吉日』というからな」
ぼくはそう答えた。
「しかし当て推量で探し回っても、疲れるだけだし、時間の無駄だ。探しに行く前に、父さんが事前に情報を集めて、いそうな場所の見当をつけるから、それまで待ちなさい」
ぼくがそう言うと、サンパオはうなずいた。
ぼくはそれからまもなく、うちを出た。何か相談したいことがある時には、ぼくはすぐ老いらくさんのところに行く。老いらくさんは知恵があるので、黒騎士の居場所を特定するための情報を集めるよい方法を知っているかもしれない。ぼくはそう思った。
湖畔にそって、しばらく歩いていると、向こうから老いらくさんがやってきた。老いらくは、ぼくのにおいを知っているので、近づいていくと、それを感じて、向こうからやってくる。今日もそうだった。
「笑い猫、わしに何か用か」
老いらくさんが聞いた。
「うちのサンパオが友だちを探すために、うちを出ると言っているのです」
ぼくはそう答えた。
「近くにはいないのか」
老いらくさんが聞いた。
ぼくはうなずいた。
「公園の中で開かれている猫たちの親睦会によく行って、友だちを探そうとしていました。でも、まだよい友だちとは巡りあえないでいます」
ぼくはそう答えた。
「そうか、それは残念だったな。それで遠くまで探しに行こうとしているのか」
「そうです。それも猫ではなくて犬と友だちになりたいと言っています」
「犬?」
老いらくさんが、けげんそうな顔をした。
「そうです、犬です」
「どんな犬だ?」
「覚えていますか、公爵と黒騎士のことを」
老いらくさんがうなずいた。
「もちろん覚えているよ。四川大地震の時に大活躍した災害救助犬のことだろう」
「そうです。あの犬です。公爵はもうこの世にいないけど、黒騎士はまだどこかにいると思うので、探し出して友だちになりたいと言っています」
「そうか。サンパオがそんなことを言っているのか」
老いらくさんが感心したような声で、そう言った。
「サンパオの父親として、ぼくもできるだけ協力してあげたいと思っています。でもどこにいるか、さっぱり見当もつかないので、居場所を特定するための何かいい方法をご存じでないかと思って聞きに来たのです」
ぼくはそう答えた。
「そうか、そういうわけだったのか」
老いらくさんは、そう言ってから、しばらく考えにふけっていた。
「そうだなあ……、例えば、こんなのはどうだろうか」
老いらくさんがそう言った。
「何ですか。何か、いい方法がひらめきましたか」
ぼくは身を乗り出すようにして聞き返した。
「わしには子孫がたくさんいる。この公園の中はもちろん、公園の外にもたくさん住んでいる。子孫からいろいろな情報を得て、町の様子を知ることができる。黒騎士は黒いラブラドル・レトリバー犬で、左の後ろ足に障害がある犬だから、特徴があって目立ちやすい。そのような犬を見かけたことがないか、子孫たちに聞くことができる」
老いらくさんがそう言った。
「いいですね。お願いします」
ぼくはそう答えた。

