天気…小雨が数日間降り続いて、そのあと気温が急に下がった。公園の中のあちこちに置かれている鉢植えの菊の花が、見ごろを迎えていて、美しさを競い合うように咲き乱れていた。

サンパオはサムという飛行猫と知り合うようになってから、天気がよい日には、毎日のように、鷹嘴崖(おうしがい)に行くようになった。もう行かないと、あれほど言っていたにもかかわらず、実際には行ってサムと一緒に崖の上に登り、風が強く吹いている時には、風に乗って飛行を楽しんでいた。スリルがあって爽快だし、危ないとは分かっていても飛ぶことをやめられないと、サンパオは言っている。鷹嘴崖(おうしがい)は、とても遠いところにあるので、サンパオは毎朝早く、まだ暗いうちに家を出て、夜遅く帰ってくることが多い。
ところが今日は、朝日が昇っても、サンパオはまだ、うちにいた。
「どうしたのだ。どこか体の調子でも悪いのか」
ぼくは心配して、サンパオに聞いた。サンパオは首を横に振った。
「サムとは、もう付き合わないことにした」
きっぱりとした口調で、サンパオがそう言った。
意外に思えたので、ぼくはびっくりした。
「どうしたのだ。ケンカでもしたのか」
ぼくは、気になってすぐに聞き返した。
「そうじゃないよ」
サンパオが首を横に振った。
「じゃあ、どうしてだい?」
ぼくは間髪を入れずに問い返した。
「サムには親を大切に思う気持ちがないことが分かったので、親しみを感じなくなった」
サンパオがそう答えた。
「そうか。そういうわけだったのか」
ぼくはうなずいた。
「いくら勇気があって、卓越した技量を持っていても、気に入らないところがあったら、親しみを感じなくなるからな」
ぼくはそう言った。
「サムは、親を大切に思わない猫なの?」
妻猫が聞き返した。
「そうなのです。ここ数日、ぼくがお父さんや、お母さんの話をしても、サムはただ聞いているだけで、自分のお父さんや、お母さんのことは少しも話さなかった。もしかしたら、どちらも死んでいるのかなと思っていた。ところが、そうではなかった。どちらも生きていることが分かった。そしてサムが親に対して憎しみの気持ちを強く抱いていることも分かった。それ以来、ぼくはサムに親しみを感じなくなった」
サンパオがそう言った。
「どうして生んでくれた親のことを、そのように思っているのかしら」
妻猫が首をかしげていた。
「お父さんもお母さんも、とても年を取っていて、病弱だから、長くは生きられないと、サムが言っていた。お父さんとお母さんの体の状態が、よくないのだったら、遠い鷹嘴崖(おうしがい)に毎日のように遊びに行くのはよくないと思ったから、お父さんとお母さんのそばに付き添ってあげるべきだと、ぼくはサムに忠言した。すると、サムが、あんな親なんか早く死んでくれたらいいのにと言った。毎日、朝から晩まで、そばにいたら、気持ちがくさくさするし、ぼくにまで親の病気が移りかねない。だから鷹嘴崖(おうしがい)に行くのだと、サムが言っていた。それを聞いて、ぼくはサムに憤りを覚えたから、サムとは、もう親しくしないことにした。鷹嘴崖(おうしがい)にも行かないことにした」
サンパオがそう答えた。
「そうか、そういうわけだったのか」
ぼくはうなずいた。妻猫も、納得がいったような顔をしていた。
ぼくはそれからまもなく、うちを出て、散歩に出かけた。サンパオの話を聞いていると、気持ちが重くなってきて、外を歩いて気分を一新させなければ、やりきれなくなったからだ。湖畔に沿って、ほぼ一周近く歩いた時、向こうから老いらくさんがやってくるのが見えた。
「やあ、笑い猫、どうしたのだい。そんなにさえない顔をして。何かあったのか」
老いらくさんが、心配そうな顔をして聞いた。
「サンパオが今まで付き合ってきた友だちが、親思いのない、冷たい猫だということが分かったので、心を痛めているのです」
ぼくはそう答えた。
「そうか。そんな猫もいるからな。それで、サンパオは、その猫とこれからも親しく付き合っていくつもりなのか」
「いいえ、その猫とはもう、付き合わないと言っていました。鷹嘴崖(おうしがい)にも行かないと言っていました」
「そうか。それならよかったではないか。高い崖の上から落ちる危険性もなくなったし」
老いらくさんがそう言った。
ぼくはうなずいた。
「ただ、ぼくが気がかりなのは、サンパオがこれまでアイドルのように崇拝していた猫が、本当は崇拝に値しない猫だと分かって、深く傷ついていることです」
ぼくはそう言った。
「そうか。お前の気持ちが分からないこともないよ。でもまた新しい友だちができたら、サンパオの傷も少しずつ癒えていくのではないだろうか。あまり杞憂しないことだよ」
老いらくさんがそう言った。
ぼくはうなずいた。
「それにしても、その猫はどうして、親思いのない子どもなのか」
老いらくさんが聞いた。
ぼくは老いらくさんに、サンパオが話してくれたことをそのまま話した。
「そうか。親が年を取って病気がちだから、一緒にいるのが楽しくないのか」
老いらくさんが、そう言った。
ぼくはうなずいた。
「その子の親は誰なのか」
老いらくさんが聞いた。
「シッポクローとクロニャンだそうです。サンパオがそう言っていました」
「そうか、それなら、親が子どもからも見放されているのが分からないでもないな。悪の報いを親は今、受けているのだよ」
老いらくさんがそう言った。
「悪の報い?」
ぼくは聞き返した。
「そう、悪の報い。シッポクローとクロニャンが、以前、お前の妻猫にどんなに陰険ないじめを行なって、この公園から追い出したか、お前はけっして忘れていないはずだ。その陰険ないじめや、虐待をする悪の性質が遺伝的に子どもに伝わって、今、辛い目に遭っているのだ」
老いらくさんが、昔のことを思い出しながら、そう言った。
「そう言われれば、確かにそうかもしれません。しかし過去のことがどうであれ、親に孝行を尽くすのは子どもとして当然の道義だし、弱っている親を嫌って、遊びに行くのは絶対に正しい行為だとは思えません」
ぼくはそう反論した。
「そうか。お前は、そのように考えるのか。わしとは見解が違うようだが、いずれにせよ、サンパオが、その友だちと付き合うのをやめたのは、よかったと、わしは思っている」
老いらくさんが、そう言った。
ぼくはうなずいた。
「友だちを選ぶのは本当に難しいですね。うちのアーヤーもサンパオも、いい友だちだと思って選んだのに、付き合っているうちに、欠点が見えてきて、友だちになれなくなった」
ぼくがそう言うと、老いらくさんが
「『人のふり見て我が振り直せ』というではないか。アーヤーとサンパオの失敗を見て、パントーにもいい薬になったのではないか」
と言った。
ぼくはうなずいた。
「パントーは友だちになれそうな猫とまだ出会っていませんが、いい教訓になったかもしれません」
ぼくはそう答えた。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんと別れて、ひとりで散歩を続けてから、うちへ帰ってきた。もうお昼を過ぎていた。パントーの姿は見当たらなかった。友だちを見つけるために、親睦会に出かけて行ったと、妻猫が話していた。アーヤーとサンパオは、まだうちにいた。
「もう、お前たちは友だちを探す気はないのか」
ぼくが聞くと
「そんなことはないわ。今は少し疲れているから、しばらく休んでからまた探しに行くことにするわ」
と、アーヤーが答えた。
「ぼくも今は気分が落ち込んでいるから、うちでしばらくゆっくりしたい」
と、サンパオも答えた。
アーヤーもサンパオも、挫折からまだ立ち直れないでいるようだった。
「友だちとの交際に失敗したことは、けっして悪いことではないよ。失敗の中から教訓を読み取って、それを糧にしていけば、将来、お前たちは、きっとよい友だちを見つけることができるよ」
ぼくはそう言って、アーヤーとサンパオを励ました。