天気……今日は朝から晩まで、断続的に雨が降っていた。これから一雨ごとに、秋の気配が色濃く感じられるようになっていくのだろうか。

朝ご飯を食べたあと、アーヤーが急いで、うちを出ていこうとした。いつもはしばらくうちで休んでから、パントーと一緒に散歩や親睦会に出かけていくのに、今日はこんなに朝早く、小雨が降っている中を、ひとりで行こうとしている。
「どうしたのだい、こんなに早く」
けげんに思ったので、ぼくはアーヤーに、わけを聞いた。
「わたしにも、昨日、友だちができました」
アーヤーが、ほがらかな顔をしながら、そう答えた。
「そうか。それはよかったな。どんな友だちだい」
ぼくはアーヤーに聞いた。
「とてもおしゃれな猫です」
アーヤーがそう答えた。
「そうなの。それはよかったわね。でも今は雨が降っているから、雨が止んでから出かけなさいよ」
妻猫がそう言った。すると、アーヤーが首を横に振った。
「その友だちと約束したのです。天気が悪くても毎朝、同じ時間にここにやってきて会おうねって」
アーヤーがそう言った。
「そうか。それなら仕方がないわね。友だちとの約束を守ることは大事ですからね」
妻猫はそう答えて、うなずいた。
アーヤーはそれからまもなく、うちを出ていった。うちを出る時に、アーヤーは、これまで見せたことがない、おかしなポーズを取りながら
「いってきます」
と言った。それを見て、ぼくはとても不快に感じた。優雅に見えるポーズならともかく、品がないポーズだったからだ。
「アーヤーはいつから、あんな下品なポーズを取るようになったのか」
ぼくは妻猫に聞いた。妻猫は首を横に振った。
「わたしにもよく分かりません。もしかしたら最近付き合い始めた猫のあいさつの仕方を真似しているのかもしれません」
妻猫がそう答えた。
(『朱に交われば赤くなる』というが、困ったものだな。今までは、お母さんのポーズを真似していて、とても優雅だったのに)
ぼくはそう思った。
妻猫の言葉を聞いて、アーヤーが今付き合っている友だちがどんな猫なのか、気になって仕方がなかったので、ぼくはこっそりとアーヤーのあとをつけていくことにした。アーヤーの姿は家を出てからすぐに見えなくなったが、灌木で囲まれた広場に行くことは分かっていたので、そちらのほうに向かって歩いていた。すると途中で、老いらくさんと出会った。
「やあ、笑い猫、どうしたのだ。そんな浮かない顔をして。何かあったのか」
老いらくさんが、ぼくの顔を見て、そう聞いた。
「アーヤーのことで、少し気になることがあるのです」
ぼくはそう答えた。
「そうか。どんなことか。わしにアドバイスできることがあったら、相談に乗ってもいいよ」
老いらくさんが、そう言った。
「ありがとうございます」
ぼくはそう言ってから、アーヤーのことを話し始めた。
「アーヤーのあいさつの仕方が、すっかり変わってしまいました。今までは妻猫の仕草を真似して優雅なあいさつをしていたのに、今朝は粗野で品のないあいさつをしました。友だちの影響ではないかと思って、とても心配しているのです」
「そうか。それは心配だな」
老いらくさんがうなずいた。
「アーヤーは先ほど、うちを出て、友だちに会いに行きました。どんな友だちと付き合っているのか気になって仕方がないので、親睦会がおこなわれている広場に行っているところです。よかったら、老いらくさんも一緒に行きませんか」
ぼくが誘いかけると、老いらくさんがうなずいた。
「いいよ。わしも気になる。もし悪い猫と付き合っているようだったら、付き合いをやめさせるように、お前に言うよ」
ぼくと老いらくさんは、それからまもなく、子猫たちの親睦会が行われている広場に着いた。ところが、今日は意外にも、その広場に誰もいなかった。『猫の子一匹いない』という言葉があるが、まさにその通りだった。
「どこへ行ったのでしょうか」
ぼくは、老いらくさんに聞いた。
「雨が降っているので、今日は別のところに集まっているのかもしれないよ」
老いらくさんがそう言った。
「その可能性はありますね」
ぼくはそう答えた。
それからまもなく、ぼくと老いらくさんは、広場を出て、屋根瓦がついている回廊へ行ってみた。すると思っていた通り、回廊の中に猫たちがたくさん集まっていた。その中に、うちのアーヤーの姿もあった。アーヤーのすぐそばには、黒猫が一匹いて、アーヤーと仲むつまじく話していた。ぼくと老いらくさんは気づかれないようにするために、太い柱の後ろに隠れて、ちらちらと様子を見ながら、聞こえてくる会話の内容に耳をそばだてていた。
「アーヤーという名前はださいよ。もっとおしゃれな名前がかっこいいわ。わたしの名前はアイというのよ。かっこいいでしょ」
「そうかなあ。アーヤーという名前も、わたしはとても気にいっているのだけどなあ」
アーヤーの不満そうな声が聞こえた。
「誰がその名前をつけたの」
「お父さんよ。わたしのお父さんは笑うことができるすごい猫なの。みんなから『笑い猫』と呼ばれて親しまれているわ。そのお父さんがつけてくれた名前に、わたしは誇りを持っているわ」
アーヤーがそう言った。
「わたしの名前もお父さんがつけてくれたのよ。ゴクーという名前のお父さんが、愛をこめてアイとつけてくれたのよ」
それを聞いて、ぼくは、(おやっ)と思った。数日前に老いらくさんが教えてくれたゴクーとビジョ―の子どもは黒と白の毛が混じっている猫だったからだ。ところが今、アーヤーと話している猫は全身が真っ黒い猫だった。
「あの子猫は毛の色を黒く染めたのだ」
老いらくさんが小声でそう言った。
「ゴクーもビジョ―も、混じり毛のない猫が高貴な猫だと思っているので、子どもを高貴な猫に見せかけるために、ゴクーが墨で黒く塗ったのだろう。毛の色が不自然であり、少しも光沢がない」
老いらくさんが、そう付け加えた。
(なるほど、そうかもしれない)
ぼくはそう思った。
「アーヤーという名前はださいから、今風のかっこいい名前に変えなさいよ。アリスなんてどう?」
アイがそう言った。
「うーん……そう言われても……」
アーヤーが困ったような顔をしていた。
「名前もださいけど、毛の色もきれいじゃない。背中は黄褐色、腹面は白く、黒い横縞があって、まるで虎の子どものよう。毛が混じっているのは、とても汚い」
アイは、アーヤーの体を見ながらそう言った。
「わたしのお母さんは虎猫だから、そのような色になるわ。わたしはお母さんの優雅な性格がとても好きだから、お母さんとそっくりの毛の色がわたしは大好きだわ」
アーヤーが言葉を返していた。
「でも混じり毛のない猫だけが、純粋で高貴な猫だと、うちのお父さんとお母さんが話していたわ。この世の中で一番もてはやされる色は黒だと、お父さんが言って、わたしの体を墨で黒く染めてくれたの」
アイがそう言った。
それを聞いて、ぼくは、(やはりそうだったか、墨で染めたのか)と思った。
「黄色と白と黒がバランスよく混じりあっている、この色がわたしは大好きです。とても優雅に感じていたのに……」
アーヤーが自信を失いかけているように、ぽつりとそう言った。
「あなたは首も短い。ださくて野暮に見えるのは首のせいだと思うわ」
アイの悪口は尽きることがなかった。
「わたしはこれまで首が短いと言われたことはなかったのになあ……」
アーヤーは、ますます自信を失いかけていた。
アーヤーとアイの会話を聞いていると、ぼくは思わず、不愉快な気持ちが胸の中からこみあげてきた。相手への思いやりにかけていて、自分本位なことばかり言っているアイのような猫と、うちのアーヤーを絶対に友だちにしたくないと、ぼくは思った。老いらくさんも同じように思っているようだった。アイに感化されて、身も心もアイの色に染まったり、アイの仕草を真似ることはよくないので、自分らしさを失わないように、ぼくはあとでアーヤーによく言って聞かせなければならない。ぼくはそう思いながら、それからまもなく老いらくさんと一緒に回廊をあとにした。
「お前が怒っている気持ちは分かるよ。しかし頭ごなしにアーヤーを叱らないことだ。アーヤーは頭がよい子なので、がみがみ言わなくても、自分で正しい判断ができるはずだから」
老いらくさんがそう言った。
「分かっています」
ぼくはそう答えた。