天気……今日はとてもよい天気。明るい陽射しが、晴れわたった空から、さんさんと降り注いでいる。夏の終わりのこの時季は、暑さに耐えてきたぼくの心が、ほっと一息できる最良の時だ。目にはっきりとは見えないが、初秋の兆しが、ここかしこに、そこはかとなく感じられるようになってくる。晴れていても暑さはそれほど厳しくなくて、心地よい虫の音が耳を澄ませば聞こえてくる。

昨夜、サンパオは、帰ってくるのがとても遅かった。何かあったのだろうかと思って心配しながら待っていた。夕ご飯は家族みんなが揃ってから食べるのが我が家の習慣なので、おなかがぺこぺこになりながらサンパオの帰りを待っていた。それなのに、サンパオは帰ってきた途端に、謝りもせず、わけを聞いても何も答えないで、ご飯も食べずに寝てしまった。
今朝、朝ご飯を食べる時に、ぼくはサンパオに言った。
「昨日は帰りが、ずいぶん遅かったではないか。どこへ行っていたのだ。みんな心配して、お前の帰りを待っていたのだよ。それなのにお前は、うちへ帰ってきた途端、謝りもしないですぐに寝てしまった」
「お父さん、ごめんなさい。昨日は、とても疲れていたから」
サンパオが、そう答えた。
「誰かよい友だちが見つかって、一緒に遅くまで遊んでいたのか」
ぼくが聞くと、サンパオが
「そうじゃないよ。友だちをたくさん作ろうと思って、たくさんの猫と話していたの」
と答えた。
「そうか。それで、帰るのが遅くなったのか」
ぼくはようやく合点がいった。
「それで友だちはたくさんできたのか」
ぼくが聞くと、サンパオが
「できたよ」
と、答えた。
「そうか。それはよかったな。どのような猫と友だちになったのだ。猫の中には性格の悪い猫もいるので、誰とでも気軽に付き合ってはいけないよ」
ぼくはサンパオを戒めた。
ぼくとサンパオの話を聞いて妻猫が
「付き合う相手によって、よくなったり悪くなったりするし、誰と友だちになるかで、お前のこれからの道が開けたり、開けなかったりするわよ」
と、サンパオに言った。
「そうだよ。その通りだよ。お母さんの言う通りだよ」
ぼくは、妻猫の話に、あいづちを打った。
「分かっているよ。だから、夜遅くまで、うちへ帰らないで、いろいろな猫と話していたの。どんな猫なのかよく知りたかったから」
サンパオが、そう言った。
「そうか。そこまで慎重に時間をかけて、その猫と親友になれるかどうかを見極めようとしているのだったら、ぼくやお母さんの心配は杞憂に過ぎないかもしれないな」
ぼくは、ほっとして、そう答えた。
「お父さんやお母さんに聞くけど、友だちを選ぶ時には、自分と似たところが多い猫を選ぶべきだと思いますか、それとも自分と違うところが多い猫を選ぶべきだと思いますか」
サンパオが聞いた。
「どちらにも一長一短があるので、どちらがいいとは一概には言えないのではないかな」
ぼくは、そう答えた。
「自分と似たところが多い猫には親しみを感じやすいし、そうでない猫には親しみを抱きにくい。お母さんはそう思っているわ」
妻猫がそう言った。
「そうだね。自分と違う猫に対して一目置くのではなくて、ひがみを持ったり、いやがらせをしたり、欠点を取り上げて、あげつらう猫もいるからね」
ぼくは妻猫が以前受けたいじめのことを思い出しながら、そう言った。
「自分と違う猫と友だちになることができたら、自分にはない考え方が自然と身について、視野が広がっていくという長所もあるけどね」
妻猫がそう言った。
「そうだね。どちらのタイプの猫と友だちになるにしても、お互いが理解し合い、助け合い、足りないところを補い合うことが大切だよ。そのことで初めて豊かな生き方ができるようになる。父さんはそう思っている」
ぼくはそう言った。
ぼくと妻猫の話に、サンパオは静かに耳を傾けていた。
「お父さんとお母さんの言うことは、とてもよく分かるよ」
サンパオは目から、うろこが落ちたような顔をしていた。そばで話を聞いていたパントーとアーヤーも、うなずいていた。
サンパオは、そそくさと朝ご飯を食べると、外がまだ明るくならないうちに、もううちを出る支度を始めていた。
「もう出かけるのか。ご飯を食べたらすぐには動かないほうが健康にはいいのだよ」
ぼくがそう言うと、サンパオが
「分かっているよ。でも最近、知り合った猫が遠いところまで遊びに連れていってくれることになったから」
と、答えた。
「その猫はどんな猫なの」
妻猫が聞いた。
「白い猫で、しっぽだけが黒いオス猫。近くまで迎えに来ると言っていたから、早く行かなければ」
サンパオはそう答えると、矢のように勢いよく、うちから飛び出していった。
サンパオが出て行ったあと、ぼくと妻猫は、うちの入口から外を見た。すると、サンパオが、白い猫と親しげに歩いている後ろ姿が見えた。その猫のしっぽだけはなぜか黒かった。ぼくはその猫に見覚えがあった。
(あの猫はシッポクローとクロニャンの子どもだ)
ぼくは、そう思った。昨日、老いらくさんが教えてくれた猫の特徴から推察すると、間違いなく、あの猫はシッポクローとクロニャンの子どもに違いなかった。シッポクローとクロニャンのことは、妻猫も知っているので、妻猫にそのことを話すと、妻猫は、うなずいてから、心配そうな顔をした。
「シッポクローはとても冷酷で、辛辣なことばかり言って、私を苦しめたオス猫です。クロニャンはとても傲慢で、利己的なメス猫です。そういった両親から生まれた猫だから、両親のそういった性格を、子どもは、きっと受け継いでいるはずだわ」
妻猫が言っていることも分からないではなかった。しかし親と子どもはまったく同じ性格だとは限らないし、それにまだ子猫なので、子猫らしい純粋さもあると、ぼくは思っていた。
「お母さんが心配していることも、もっともだけど、サンパオを信じようよ。サンパオはとても利発な子どもだから、けっして悪い子とは親しく付き合わないよ。度を過ぎた干渉はしないで、しばらく静観して見守っていこうよ。サンパオに自分で、いい友だちかどうか判断させようよ。そのほうがいいよ」
ぼくがそう言うと、妻猫がうなずいた。
「分かったわ。お父さんの言う通りにするわ」
ぼくも妻猫も、サンパオの後ろ姿が見えなくなるまで、サンパオがいい友だちと交際することを願いながら、じっと見ていた。
今日もサンパオは帰りがとても遅かった。パントーとアーヤーも毎日、親睦会に出かけているが、いつも日暮れ前には、おなかをすかしながら帰ってくる。夕ご飯は家族みんなそろってから食べることが我が家の習慣だから、今日も食べないでサンパオの帰りをみんなで待っていた。
日がとっぷり暮れて、外が宵闇に包まれたころ、サンパオがようやく帰ってきた。
「遅いじゃないか。みんなご飯も食べないで、お前の帰りを待っていたのだよ」
ぼくは仏頂面をして、そう言った。
「そうですよ。みんなの気持ちも考えてよ」
妻猫がそう言った。
「サンパオ、おなかへっていないの」
アーヤーが聞いた。
「へってるよ」
サンパオがそう答えた。
「ぼくもおなかがへって、ぺこぺこだよ」
パントーがそう言った。
家族みんなに非難の目を向けられて、サンパオは申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめん、ごめん。遠くまで行っていたから、帰るのが遅くなってしまった」
「どこに行っていたのだ」
ぼくはサンパオに問い詰めた。
「話すから、その前に、ご飯を食べさせてよ。おなかがぺこぺこで、今は話す元気もないから」
サンパオがそう答えた。
「分かったわ。さあ、たくさん食べて」
妻猫がそう言って、サンパオの前に、いつも以上のご飯を持ってきた。サンパオは嬉しそうな顔をしながら、がつがつと食べ始めた。それを見て、ぼくも妻猫もアーヤーもパントーも、ご飯を食べ始めた。サンパオのおなかが満たされたのを見て、妻猫が
「さあ、早く話して。誰と、どこへ行っていたの」
と、聞いた。
「サムという名前のオス猫と一緒に、西山の中にある鷹嘴崖(おうしがい)まで行っていた。サムは白い猫で、しっぽだけが黒い猫です。サムはすごい猫です。ほかの猫にはできないことができる、すごい猫です」
サンパオが、興奮冷めやらない顔で、そう答えた。
「どんなことができるの」
妻猫が聞き返した。
「とても高い鷹嘴崖(おうしがい)の上から風に乗って飛び降りることができる猫です。昨日、サムが鷹嘴崖(おうしがい)に連れて行ってくれて、崖の上から、ハング-グライダーのように空を飛んで降りてきた。それを見て、ぼくは、びっくりした。すごいなあと思った。ぼくには怖くて崖の上まで登ったり、飛び降りる勇気はなかったから、下から見ているだけだった。でも同じ猫なのに、ぼくにできないのはしゃくだったから、ぼくも崖の上まで登っていった。そして意を決して、飛び降りようとした。でも下を見たらやはり、とても怖くなって、飛び降りることができなかった。捲土重来(けんどじゅうらい)とばかりに、今日、もう一度、鷹嘴崖(おうしがい)に行ってチャレンジしたら、ぼくもうまく風に乗って、空を泳ぐように飛ぶことができた。怖かったけど、とても楽しかったよ」
サンパオは意気揚々として、体験を語っていた。
「そうか、そんなことをしたのか。ずいぶん危ないことをしたものだな。無鉄砲すぎるよ。もし風にうまく乗れていなかったら、お前は今ごろ、死んでいたところだった」
ぼくはそう言って、サンパオを強く戒めた。
「お父さんの言う通りだわ。お前の勇気には感心するけど、もう二度と、そんな危険なことはしないでちょうだい」
妻猫もそう言って、サンパオを厳しい目で、じっと見ていた。するとサンパオが
「ぼくの冒険心はお母さん譲りだよ。だってお母さんも、高い塔のてっぺんに上っていくことができたじゃないですか」
と、言葉を返した。
「それとこれは違います。お母さんは何度も何度も練習を繰り返して、それでやっと、てっぺんまで上ることができるようになりました。お前は何も練習しないで崖のてっぺんまで登って行った。そしてそこから飛び降りた。これが無鉄砲以外の何だというの」
お母さんが珍しく怒った顔をした。
「でも鳥のように飛んでいる時の気持ちは、本当に爽快だったよ」
サンパオがそう答えた。
「でも危ないことには変わりがないから、これからはもう、絶対にそんな危険なことはしないようにしなさい。もし風に乗れなかったら、真っ逆さまに崖下に転落するからな」
ぼくはサンパオに諫言(かんげん)した。
「そうですよ。お父さんの言う通りだわ。お前は体がまだ小さいから風にうまく乗れたと思うけど、これから体がだんだん大きくなってくるし、風に乗れなくなってくるのだから」
妻猫も強い口調で戒めていた。
「分かったよ。サムに誘われても、もう鷹嘴崖(おうしがい)には行かないことにするよ」
サンパオはそう答えた。