天気……夏もそろそろ終わりが近づいてきた。しかし照りつける太陽の光は依然として燃えるように激しく、人も動物も植物も強い陽射しを浴びて生気を失い、疲れ気味でぐったりしている。このような厳しい残暑にもめげずに、翠湖公園の中に植えられているバラは元気に咲き誇り、かぐわしい香りが、たそがれ時まで辺り一面に漂っていた。

毎年、この時季になると、翠湖公園の中にある花壇では植物の植え替え作業があわただしく行われる。初夏から盛夏にかけて人々の目を楽しませてくれた花は盛りを過ぎて枯れ始めるので、それに代わって、これから盛りを迎える花の苗が花壇に植えつけられたり、鉢やプランターに植えられたまま運ばれてくる。秋に咲く花にもいろいろな種類があるが、翠湖公園では鉢植えの菊の花が特に多い。九月九日の重陽の節句は、菊の節句と呼ばれていて、毎年その日に公園の中で菊の観賞会が行われるので、その準備のために菊の花がたくさん運ばれてくるのだ。
菊の花が花壇の主役として、ひときわ引き立つようになってきたここ数日、公園にやってくる猫たちの姿が、めっきり多くなってきた。無論、猫たちは菊の花を観賞するために集まってきたのでない。気が合う仲間を見つけたり、自分たちの生活にかかわる、いろいろな問題について話し合いをするために、集まってきたのだ。公園の隅に、周りを灌木で囲まれていて、外からは目立たない広場があり、猫たちはその広場をたまり場として集まってきて親睦を深めたり、問題の解決策について話し合ったりしている。ぼくが小さかったころから、猫たちのたまり場として、その広場は定着している。
ぼくがまだ独身だったころ、ある若いメスの虎猫が、ほかの猫にはできない素晴らしい才能を発揮して、猫たちの間でその話で持ちきりになったことがあった。その時、ねたましく思った猫たちがその広場に集まってきて、嫌がらせの方法をみんなで話し合って虎猫を公園から追い出してしまった。公園に来なくなった虎猫をぼくは懸命に探し回ってようやく探し出して、才能にほれこんだぼくは結婚を申し込んだ。虎猫はぼくのプロポーズを受け入れてくれて、ぼくの妻猫となって、四匹の子どもを産んでくれた。そのうちの一匹は生後間もなく天に召されてしまったが、ぼくと妻猫と三匹の子どもは、ほとぼりが冷めた後、翠湖公園に帰ってきて、築山の中に作られた洞穴を見つけて、その中で暮らし始めた。ぼくも妻猫も嫌がらせを行なった猫たちとは、その後も一線を画しているので、公園に帰ってきてからは道ですれ違ってもあいさつすることはない。猫たちの集会に参加したことも、ぼくも妻猫も一度もない。ぼくたちは楽しい家族生活を送っているし、何か問題があった時には,杜真子や馬小跳や馬小跳の友だちが解決に向けて手伝ってくれるので、猫たちと話し合う必要などまったく感じないからだ。ぼくの子どもたちは友だちを見つけるために、広場によく行っているので、時々、子どもたちに、よい友だちが見つかったかや、どんなことが話し合われているのかについて聞いたりすることはある。あまりいい友だちはいないようだし、話し合いの内容も、取るに足らないことが多いように感じている。しかし、それにしても最近、広場に出入りする猫の姿が多くなってきたので、ぼくは気になってしかたがなかった。
ぼくは居ても立っても居られなくなったので、親友の老いらくさんを誘って、親睦会の様子を、こっそり見に行くことにした。
ぼくと老いらくさんは、猫たちに気づかれないように、親睦会が行われている広場から少し離れた所にある灌木の中に身を隠して、広場の様子をじっとうかがっていた。広場には子猫ばかり、三十匹ぐらい集まっていて、ほかの猫たちと楽しそうに遊んだり、話したりしていた。年のころは、うちの子どもであるパントーやアーヤーやサンパオと、あまり変わらないように見えた。
老いらくさんが、広場にいる子猫たちを見ながら
「お前は、あの子猫たちを知らないだろうが、わしは知っている。あの子たちの父親や母親なら、お前も知っているはずだ」
と、言った。
(誰だろう?)
ぼくは考えを巡らせた。でもすぐには思い浮かばなかった。
「ビジョ―という猫のことを、お前はまだ覚えているか」
老いらくさんが聞いた。
「覚えていますよ。白いメス猫で、品格のある仕草をしていました。ビジョーの子どもがあの中にいるのですか」
ぼくが聞き返すと、老いらくさんがうなずいた。
「ビジョーが誰と結婚したか知っているか」
老いらくさんが聞いた。
ぼくは首を横に振った。
「ゴクーだよ」
老いらくさんがそう言った。
「そうか。ゴクーか。黒いオス猫でしょ」
ぼくは昔のことを思い出しながら、そう言った。あの頃のことをよく考えてみれば、ビジョーとゴクーが結婚したのは、自然の成り行きであって、べつにそれほど不思議なことではない。ビジョーもゴクーも自分たちだけが純粋で品格の高い猫だといつも言っていたし、自分たち以外の猫はまるっきり眼中になかったからだ。
「ほら、あそこに黒毛と白毛が混じった子猫が二匹いるだろう。あの子猫がビジョ―とゴクーの子どもだ」
老いらくさんが指で指した先を見ると、確かに黒毛と白毛が混じった子猫が二匹いた。
(あの子猫がビジョ―とゴクーの子どもか)
ぼくはそう思った。二匹とも子猫らしい純粋な目をしていた。でも毛の色を見ているうちに、ぼくはけげんな気持ちを抱かないわけにはいかなかった。ビジョ―もゴクーも、毛の色に混じり毛がない猫だけが純粋で品格の高い猫だと言っていたからだ。ビジョ―とゴクーは自分たちの子どものことを、どう思っているのだろうか。老いらくさんに、そのことを聞いてみた。
「品格の高さは、毛の色によって決まるのではなくて、心の中に持っている内面の豊かさで決まると、わしは思っている。心の中に豊かさを持っている猫こそが本当に品格の高い猫だと言える」
老いらくさんが、そう答えた。
含蓄のある老いらくさんの言葉に、ぼくは感心せざるを得なかった。まさに、その通りだと、ぼくも思った。
広場の中には、ビジョ―とゴクーの子どものほかにも、三十匹近くの子猫たちがいたので、(誰の子どもだろう)と、思いながら、ぼくは子猫たちを、興味深そうな目で見ていた。
「ほら、あそこを見ろ。しっぽだけが黒い白猫が二匹と、足だけが白い黒猫が二匹いるだろう。あれらの猫たちは誰の子どもが分かるか」
老いらくさんがクイズを出すように、質問を投げかけた。
「さあ、誰の子どもだろう。さっぱり分からない」
ぼくが首をかしげていると、老いらくさんがヒントを与えてくれた。
「あの頃、お前の奥さんの優れた才能をねたんで、嫌がらせをおこなっていた猫の中に、ビジョ―とゴクーのほかに、あと二匹、いたのを覚えているか」
「さあ、誰だったかなあ。昔のことは、もう忘れました」
ぼくはそう答えた。
「シッポクローとクロニャンだ」
老いらくさんがそう言った。名前を聞いて、ぼくはすぐに思い出した。どちらも妻猫に対して、ものすごい敵愾心(てきがいしん)を燃やして、ひどい嫌がらせをおこなっていた性格の悪い猫だった。
「もしかしたら、あの猫は、シッポクローとクロニャンの子どもですか」
ぼくが聞くと、老いらくさんがうなずいた。
「そうだ。その通りだ。あの四匹はシッポクローとクロニャンの子どもだ」
老いらくさんが、そう答えた。
シッポクローとクロニャンも、ビジョ―とゴクーのように、血筋のよい猫であるあることを誇りに思っていた。そのために優れた才能を発揮して注目を惹きつける妻猫の存在をうとましく思って、陰湿な嫌がらせを行なっていた。シッポクローは白猫で、しっぽだけが黒いオス猫。クロニャンは黒猫で、手足だけは白いメス猫。あの頃から、とても仲がよくて、いつも一緒にいた。四匹の子猫の動きを目で追いながら、ぼくはあの頃のシッポクローとクロニャンの姿を心の中に思い浮かべていた。
広場の中には、ほかにも、いろいろな子猫がいた。しっぽが9の字のように曲がっている猫や、足が短い猫や、太っている猫や、やせている猫や、首が短い猫などがいて、どの猫も気が合いそうな友だちを見つけようと思って、あちこち動き回っていた。うちのサンパオの姿も、その中にあった。何匹かの猫のところに行って、笑みを浮かべながら親しげに話しかけたり、一緒に並んで歩いたりしていた。その姿を見ていると、ぼくも楽しくなってきた。何を話しているのか知りたくなったので、もう少し近いところから様子を見ようと思って、前のほうに近づいていった。するとうっかりして、サンパオに気づかれてしまった。
「お父さん、どうしてここにいるの。お父さんもお友だちを探しに来たの」
サンパオが、ぼくの方に近づいてきて、そう言った。
「いや、違うよ。父さんはもう友だちを探す必要はないよ」
ぼくは、そう答えた。
「だったら、どうしてここに来たの」
サンパオが、けげんそうな顔をして聞き返した。
「最近、ここに集まってくる猫たちの姿をたくさん見かけるようになったから、どんな様子なのか見てみようと思って来たのだ。『百聞は一見にしかず』というから」
ぼくはそう答えた。
「春に生まれた子猫たちが少し大きくなってきて、そのために友だちを見つけるための活動が活発になってきたの」
サンパオがそう答えた。
「そうか。そのために親睦会がこれまで以上に頻繁に行われるようになってきたのか」
ぼくは納得がいった。
「お前も誰か、いい友だちを見つけることができたか」
ぼくがそう聞くと、サンパオは何とも言えない顔をした。
「よさそうな友だちとは、たくさん出会うことができたよ。でも、親友として、一生付き合っていけそうかと言えば、まだ自信が持てなくて……」
サンパオがそう答えた。
ぼくとサンパオの話を、老いらくさんは、スイカボールの中でじっと聞いていたが、いらいらしている様子が中から伝わってきた。サンパオがまだ親友と出会えていないらしいことを感じて、もどかしく思っているようだった。サンパオに老いらくさんの正体がネズミであることが分かったら大変なことになると思ったので、ぼくは老いらくさんに何も話しかけなかった。
それからまもなく、ぼくはサンパオに
「お前が早く親友と出会えるよう願っている」
と、声をかけてから、老いらくさんとともに、広場をあとにした。広場の外にある灌木を抜けたところで、老いらくさんが
「サンパオがここに来て、親友と出会うために、いろいろな猫と交際しているのは悪くはないと思う。でも一口に猫と言っても、いろいろな猫がいるから、悪い猫に感化されて、悪い色に染まらないように、くれぐれも注意しなければならないよ。『朱に交われば赤くなる』というからな」
と、助言した。
「分かっていますよ。うちのサンパオは頭のよい子だから、感情に流されることなく、正しい判断ができると思っています」
ぼくは自信をもってそう答えた。
「そうか。それならいい。しかしそれでも相手の悪事への誘惑が、サンパオの理性を揺るがすほどに強かったら、サンパオが知らず知らずのうちに、悪事になびかせられないともかぎらない。けっして油断しないように」
老いらくさんが、おもむろに、そう言った。
「分かっています。もしサンパオが、悪い猫と付き合うようになったら、親として、厳しく忠告して、その猫との交際をすぐにやめさせます」
ぼくは、きっぱりと、そう言った。
「そうか、それなら安心だ」
老いらくさんが、安堵の胸を、なでおろしていた。
「うちの子どもたちは、今はもう乳児期を過ぎたので、これまでのように母乳や親の愛情だけでなく、友だちの中からも必要なものをたくさん取り入れて、健やかに生きていくための糧としていかなければならないのです」
ぼくがそう言うと、老いらくさんが、うなずいた。
「友情はとても大切なものだ。親友と巡り逢えたら一生の宝となるし、巡り逢えなかったら一生が寂しいものとなる」
老いらくさんが感慨深そうに、そう言った。
「老いらくさんは、これまで長く生きてきましたが、親友と呼べるネズミと巡り逢えましたか」
ぼくが聞くと、老いらくさんは少し考えてから
「ネズミの中にも、そこそこ付き合っていけるネズミがいなかったわけではない。しかし今はもうみんな死んでしまって誰もいない。今、わしにとっての無二の親友は、笑い猫、お前だよ。お前しかいない」
と、言った。それを聞いて、ぼくは嬉しくなった。
「ありがとうございます。ぼくも老いらくさんのことをとても大切な親友だと思っています」
ぼくはそう答えた。
「お前の子どものサンパオは、今はまだ親友と呼べるような猫と巡り逢っていないようだが、巡り逢うまでは、わしがサンパオの親友の代わりをしてもいいよ」
老いらくさんがそう言った。
「お気持ちはありがたく思います。でもやはり猫は猫同士で付き合うべきだと、ぼくは思っています。それにもう一つ懸念があります」
ぼくはそう言った。
「何だ、それは」
老いらくさんが聞き返した。
「サンパオは乳児期を過ぎて、猫としての本能が芽生えてきましたから、スイカボールの中に入っているのが虫ではなくてネズミだと分かったら、老いらくさんに飛びかからないとも限らない状況になってきましたから」
ぼくは、そう言って、老いらくさんのせっかくの申し出を丁重にお断りした。
「そうか。それならしかたないな。サンパオが早く親友と巡り逢えるよう、わしは願っているよ」
老いらくさんがそう言った。
「ありがとうございます」
ぼくはお礼を言った。
それからまもなく、ぼくと老いらくさんは公園の中にかかっているアーチ橋の上で、別れることにした。別れ間際に、老いらくさんが
「『類は友を呼ぶ』ということわざを知っているか」
と、聞いた。
「知っています。似たようなものは親しくなりやすいという意味でしょ」
ぼくはそう答えた。
「そうだ。その通りだ。しかし、わしとお前のように相いれない関係にあるものでも親しくなれることがある。サンパオも親友を猫からだけ選ぼうとするのではなくて、ほかの動物からも選ぼうとしたら、サンパオにとって、将来よりよい生き方ができるための選択肢が広がるのではないだろうか」
老いらくさんが、そう言った。
それを聞いて、ぼくの心に触れるものがあった。
「分かりました。サンパオに今のお話を伝えます」
ぼくはそう答えた。