天気……収穫の時季を迎えたみかんが畑の中でたわわに実り、秋の日差しをいっぱいに浴びながら、オレンジ色にきらきらと輝いている。日が西に傾きかけたころ、東の空には新月がもう、ぽっかりと顔をのぞかせていた。

ぼくとサンパオと老いらくさんが黒騎士を探すために、うちを出てから、一週間ほどが過ぎた。しかしまだ黒騎士と出会えないでいる。南の郊外にも東の郊外にもラブラドル・レトリバー犬がいた。しかしどちらも黒騎士ではなかった。焦る気持ちが出てきたが、まだ町全体をくまなく探し回ったわけではないので、希望を捨てないで、もうしばらく探索を続けることにした。
「お前は英傑をどう思うか」
ぼくはサンパオに聞いた。
「真面目に仕事をしている点は評価する。でもあまり好きではない」
サンパオが冷ややかな目で、そう答えた。
「父さんも同じだ」
ぼくはそう言った。
「英傑は自分本位なところがある。自分から待つように命令しておいて結局来なかった。自分と付き合ったら得るものが多いとも言った」
ぼくは険しい顔をして、そう付け加えた。
「約束はきちんと守るべきだよね。得るものが多いかどうかは、こちらが決めるべきもの。自分では決められない」
サンパオがそう言った。
「約束を守らなかったのは何か急な用ができたからかもしれない」
ぼくがそう言うと
「本当にそうなのか確かめに行きませんか?」
と、サンパオがぼくを誘った。
ぼくはうなずいた。
ぼくとサンパオはそれからまもなく再び食糧倉庫の近くまで戻ってきた。鉄条網の外でしばらく待っていると、英傑がやってきた。ぼくたちの姿を見かけると英傑が
「やあ、おまえたち、元気か」
と、平然とした顔で言った。
「ここで待つように言っておいて、どうして来なかったのですか」
ぼくは、いきりたって、返事もそこそこに、そう聞いた。
「パトロールに夢中になって、あちこち見回りに行ったり、倉庫の中を綿密に調べているうちに、お前たちを待たせたことは、すっかり忘れてしまっていた」
英傑が少しも悪びれる様子もなく、そう言った。ぼくはあきれた。仕事さえ十分にすればそれでよいと思っていて、ぼくたちとの約束はどうでもいいと思っているような口ぶりだったからだ。英傑の話を聞いて、ぼくは英傑がますます嫌いになった。英傑と友だちになりたいとは微塵も思わなかった。それにもかかわらず英傑は、ぼくたちとこれからも関わりを持って親しくしていきたいと、一方的に思っているようだった。
「おれは長年、真面目にこの仕事をしてきたので、人からとても信頼されている。仕事の仕方をよく知っているので、ほかの猫に教えることができる。おれはお前と友だちになったから、お前の子どもを立派な猫にしてやる」
英傑がしゃあしゃあと、そう言った。
「結構です。ぼくは友だちだと思っていません。ぼくの子どもは、ぼくが責任をもって育てます」
ぼくは英傑にそう言って、突き放した。
「そんな素っ気ないことを言うな。おれは善意で言っているのだ。お前は帰っていい。おれはこれから、お前の子どもを連れて、パトロールに行く」
英傑がそう言った。
それを聞いて、サンパオが不快そうな顔をした。
「ぼくはお父さんと一緒に黒騎士を探しに行きます」
サンパオがそう言った。
「そうか。黒騎士にそんなに会いたいか」
英傑が聞いた。
サンパオはうなずいた。
「どこにいるか分からない犬を探しに行くより、穀物倉庫にパトロールに行って、隠れているネズミを探し出して食うのが、ずっと楽しいぞ」
英傑がそう言った。
サンパオは少しも心を動かされなかった。
「ぼくとお父さんは黒騎士を探しに来たのです。ネズミを捕まえて食べるためではありません」
サンパオは毅然とした声で、そう言った。
「黒騎士がどんなに偉い犬かどうかおれはよく知らないが、おれだって偉いのだ。おれに師事することで、お前も偉くなれる。つべこべ言わずに、お前はおれに弟子入りして、パトロールの仕方をしっかり学べ。それがお前のためだ」
英傑が声を大きくして、さとすようにそう言った。
サンパオは困って、ぼくに助け船を求めた。
「お父さん、この猫はどこかおかしいのではないですか。あまりにも自分の思うようにしたがっています」
「そうだな。こんな猫と一緒にいると楽しくない。早くここを離れよう」
ぼくはそう言って、立ち去ろうとした。すると英傑が鉄条網の外に出てきて、ぼくたちを追いかけてきた。
「待て。逃げるな」
かまわずに、ぼくたちは逃げ続けた。でも英傑は足が速かったので、サンパオが捕まってしまった。英傑はサンパオを押さえつけて離そうとはしなかった。
「お父さん、助けて」
サンパオが悲鳴を上げた。ぼくは引き返してきて、英傑にかみつき、サンパオを解放してやった。
「まったく、お前は正常ではない。自分本位の考え方しかできない。従わないものには暴力をふるう」
ぼくはそう言って、英傑を非難した。
「お前はどこか狂っている。病院に行って診てもらったらどうだ」
ぼくがそう付け加えると、英傑が怒った。
「おれは正常だ。おかしいところは、どこもない」
「そうか、それなら、ほかのものの気持ちが分からないのは、どうしてだ。自分本位の考え方はやめろ」
ぼくは声を荒らげた。
「……」
返事はなかった。
「もうこれ以上、お前とは話したくない。仕事熱心なのは認めるが、それだけでは友だちとしてはやっていけない」
ぼくはそう答えた。
ぼくとサンパオは、それからまもなく英傑と別れた。後ろを振り向くと英傑はもう、ぼくたちを追ってきていないのが分かった。ぼくとサンパオは、ほっとしながら拠点としている公園のほうへ帰っていった。英傑の姿が見えなくなった後、老いらくさんが、スイカボールの中に入って転がりながら、ぼくたちの前に現れた。
「本当に不思議なスイカボールですね。まるで生きているみたい」
サンパオが、そう言った。
「そうだね。スイカボールを連れてきてよかったね」
ぼくはそう言った。
サンパオがうなずいた。
「黒騎士は南にも東にもいなかったけど、今度はどこへ行こうか」
サンパオが聞いた。
「スイカボールのあとからついていこうよ」
ぼくがそう言うと、サンパオがうなずいた。
スイカボールは北のほうに転がっていったので、ぼくとサンパオはあとに続いた。
一日中歩いて、日暮れ時に、ぼくたちは北の郊外に着いた。公園の中でひと休みしながら空を見上げると、西の空は夕焼けで赤く染まっていた。東の空には新月がもう出ていた。
夜になって、サンパオが寝たあと、ぼくはスイカボールをこんこんとたたいて、老いらくさんに聞いた。
「北の郊外にやってきましたね。ここにも黒騎士がいるという情報があるのですか」
「もちろんだよ。子孫たちがそう話していたから」
老いらくさんがそう答えた。
「どの辺りにいるのでしょうか」
ぼくは聞いた。
「郊外の一番はずれに湖があって、その湖畔にそって別荘が建ち並んでいるそうだ。その中にラブラドル・レトリバー犬がいると子孫が言っていた」
老いらくさんがそう答えた。
「そうですか。その犬が黒騎士かどうか確かめるために、明日の朝、そこへ行ってみましょう」
ぼくはそう言った。
「子孫からの情報をもとに、これまで東の郊外にも南の郊外にも、お前たちを連れて行ったが黒騎士はいなかった。情報が間違っていたと認めざるを得ない。悪く思わないでくれ」
老いらくさんが申し訳なさそうな声で、謝っていた。
「大丈夫ですよ。ぼくもサンパオもあまり気にしていません」
ぼくはそう答えた。
「なんでも思い通りにいくとは限らないし、失敗を繰り返すことで、それだけ心が深くなって糧となります。ぼくはそう思っていますから」
ぼくはそう付け加えた。
「そうか、お前がそう思ってくれるのだったら、わしは嬉しい。ありがとう」
老いらくさんがそう言った。
「こちらこそ、ありがとうございます。老いらくさんのおかげで、今まで知らなかったラブラドル・レトリバー犬や、猫のことを知ることができました」
ぼくはそう答えた。
「犬や猫にも、いろいろなものがいるから、わしも勉強になった」
老いらくさんがそう言った。
それからまもなく老いらくさんの声が聞こえなくなった。ぼくがスイカボールにそっと耳を寄せると、中から老いらくさんの寝息が聞こえてきた。ぼくもそろそろ寝ることにしよう。ぼくはそう思った。公園の中にはコオロギや鈴虫がたくさんいて、澄んだ鳴き声が、遠くまで響いていた。虫の鳴き声は、ぼくが一番好きな鳴き声だ。聞いていると心が洗われるし、静かに安眠できる。虫の声を聞きながら、ぼくは翠湖公園の中にいる家族のことを思っていた。