天気……細かい雨が降っている。雨に洗われた鉄道の線路が、ぴかぴかと黒く光っている。線路の上には貨物列車が止まっていて、大勢の人たちが、食糧を列車に積みこんだり、列車から下ろした食糧を倉庫に運んだりしていた。夕方になると雨はやんで、西の空にうっすらと夕焼けが広がっていた。

その晩、サンパオは、ぼくと老いらくさんよりも一足先に、公園に帰っていった。穀物倉庫に今はラブラドル・レトリバー犬はいないことが分かったので、早く静かな公園に戻って眠りたいと思っていたからだ。
サンパオが帰ったあと、ぼくは老いらくさんに言った。
「老いらくさん、ここに以前、確かにラブラドル・レトリバー犬がいたそうですが、今はいないそうです」
「そのような情報をどこから聞いてきたのだ」
老いらくさんが、けげんそうな顔をしていた。
「英傑がそう言っていました」
ぼくはそう答えた。
「英傑?」
老いらくさんが聞き返した。
「そうです、老いらくさんを追いかけてきた、あの猫です」
ぼくはそう言った。
「ああ、あの猫か。わしはあの猫の言うことを少しも信用していない。うそを言っているかもしれない」
老いらくさんが不機嫌そうな顔をして、そう言った。
「わしが信用している猫は、お前だけだ」
老いらくさんがそう言った。
「英傑は昼間、穀物倉庫の見張りをして、夜間は番犬と交代する予定だったそうです。ところが番犬が不祥事を起こして、見張りができなくなったから、英傑が夜間も見張りをしていると言っていました」
ぼくはそう答えた。
「そうか。それならその猫は明日は休むだろうから、明日はどんなものが見張りに来るか見にいってみようではないか」
老いらくさんがそう言った。
ぼくはうなずいた。それからまもなく、ぼくも老いらくさんも公園に帰っていって眠りに就いた。サンパオはもうすっかり白河夜船をこいでいて、ぼくと老いらくさんが戻ってきたことに少しも気がつかないでいた。
一夜明けて、まだ暗いうちに、ぼくは目が覚めた。老いらくさんは、ぼくよりも早く、目が覚めていた。サンパオはまだ寝ていたが、サンパオの目が覚めるのを待ってから、公園の中にあるゴミ箱のところに行って、食べられるものを探して食べた。老いらくさんはスイカボールの中に入れて持ってきた米粒を食べていた。そのあと、ぼくたちは再び穀物倉庫の前まで戻っていった。
鉄条網の前に立って、外から中の様子をうかがっていると、英傑がまたやってきた。
「お前たちはまたここに来たのか」
とがめるような目で、英傑が、ぼくたちのほうをじっと見ていた。
「今日はどんなものが見張りに来るのか見てみようと思って」
ぼくはそう答えた。
「見張りの目をかいくぐって、中に入って、倉庫の中から食糧を盗みだそうとしているのではないのか」
英傑が邪推していた。
「そんなことはありません。鉄条網に触れて感電死したくはありませんから」
ぼくはそう答えた。
「だったら、どうしてここにいるのだ」
英傑の鋭い視線がぼくに刺さった。
「ぼくたちは、ある犬を探しているのです」
ぼくはそう答えた。
「どんな犬だ?」
英傑が聞いた。
「足に障害があるラブラドル・レトリバー犬です」
ぼくはそう答えた。
「名前は何というのだ?」
英傑が再び聞いた。
「黒騎士です」
ぼくはそう答えた。
「黒騎士?」
英傑が聞き返した。
「そうです。黒騎士です」
ぼくはそう答えた。すると英傑が
「そんな名前の犬は聞いたことがない」
と答えた。
「以前、ここで夜の見張りをしていた犬がいたそうですが、その犬の名前は何と言うのですか」
ぼくは英傑に聞いた。
「黒獅だ。黒騎士ではない」
英傑がそう答えた。
(そうか、やはり黒騎士ではなかったか)
ぼくはそう思った。黒騎士は不祥事を起こすような犬ではないから、もしかしたら違うかもしれないと思っていたからだ。でもサンパオはまだ、あきらめがつかないでいた。
「黒騎士が名前を変えて、黒獅と名乗っているのかもしれないじゃない。不祥事は誰だって起こすよ。ぼくは、黒獅に会って、黒騎士かどうか、この目で確かめてみたい」
サンパオが、聞き分けのないことを言った。
サンパオの要望に、ぼくはやむなく応えることにした。
「その犬は今、どこにいるのですか」
ぼくは英傑に聞いた。
「日が当たらない暗い部屋に閉じ込められている」
英傑がそう答えた。
「何か悪いことをしたのですか」
ぼくは恐る恐る聞き返した。
「飼い主をだましたのだ」
英傑がそう答えた。
「だました?」
「そうだ。だましたのだ」
英傑が不快そうに声を荒らげた。
「黒獅はある時、交通事故に遭って足に重症を負ってしまった。命に別状はなかったが、左足が不自由になり、以前の飼い主から見捨てられてしまった。野良犬となって足をふらふらさせながら町をさまよっている時に、今の飼い主がかわいそうに思って拾ってくれた。飼い主は黒獅を病院に連れて行って高額のお金を払って怪我の治療してくれた。そのあと飼い主は黒獅を食糧倉庫の番犬として働かせた。黒獅は最初のうちは恩に感じて、真面目に仕事をしていた。しかし、だんだん横着になってきて、仕事をさぼることが多くなった。そのために飼い主は、与えていた肉の量を減らすようになった。いじけた黒獅は、ますます、仕事をさぼるようになった。ある時、黒獅は働かなくても肉をたくさんもらえる方法を考えた。黒獅はメス犬だったので、妊娠しているふりをした。そのために仕事をしなくてもよくなった。以前よりもたくさん食べさせてもらったので、黒獅のおなかは日ごとに大きくなっていった。赤ちゃんが生まれたら、赤ちゃんを小さいときから訓練して有能な番犬にしようと思って飼い主は黒獅に期待を寄せていた。ところがいつまでたっても赤ちゃんが生まれそうな兆しが見えなかった。飼い主は黒獅を動物病院に連れて行って診てもらった。するとおなかが大きくなっていたのは食べ過ぎによるもので妊娠のためではないことが分かった。だまされたことに気がついた飼い主は怒って黒獅を暗い部屋の中に閉じ込めてしまった」
英傑がそう話した。
英傑の話を聞いて、黒獅は絶対に黒騎士ではないと、サンパオも思った。黒騎士は人をだますような犬ではないことを、サンパオも知っていたからだ。
「黒騎士は仕事を怠けるようなことはしない。恩を仇で返すようなこともしない」
ぼくはサンパオに、そう言った。
サンパオがうなずいた。
「黒騎士の足が不自由になったのは、がれきに当たったからで、交通事故によるものではないでしょう」
サンパオが聞いた。
「そうだよ。その通りだよ」
ぼくはそう答えた。
期待が外れてがっかりしているぼくやサンパオを見ながら、英傑が
「黒獅が閉じ込められているところを、おれは知っているから見に連れて行ってやろうか」
と言った。ぼくは首を横に振った。
「黒獅が黒騎士ではないことは明らかなので、わざわざ見に行かなくてもいいです」
ぼくはそう答えた。
「ぼくも見にいかなくていい」
サンパオがそう答えた。
「そうか。それなら連れて行かないことにする」
英傑がそう言った。
「しかしそれにしても、おまえたちは猫ではないか。猫がどうして犬と友だちになりたいのか」
英傑がけげんそうな顔をしていた。
「黒騎士は特別な犬です。とても忠実で身の危険をものともせずに任務を遂行する立派な犬です。黒騎士と友だちになって、感化されて、いいものをたくさん吸収したいと、ぼくもサンパオも思っています」
ぼくはそう答えた。
「お前の気持ちは分からないでもない。しかし猫は猫同士で付き合うのが気楽だと思わないのか」
英傑がそう言った。
「ぼくもサンパオも初めはそう思っていました。サンパオは、これまで何度も猫たちの親睦会に行って友だちを見つけようとしました。よさそうな友だちと出会うこともできました。しかし付き合っているうちに、あらが見えてきて、本当の友だちにはなれないことが分かってきました」
ぼくはそう答えた。
英傑がうなずいた。
「しかし猫と犬ではまるっきり違うではないか。言葉も違うし、犬と友だちになれると思っているのか」
英傑が疑問を投げかけた。
「思っています。ぼくは犬の言葉も話せるので、ぼくが仲立ちをしたらサンパオと黒騎士を友だちにすることができると思っています」
ぼくはそう答えた。
「猫と犬は性格も違うし、できることと、できないことの違いもある。その点、お前はどう思っているのか」
英傑が聞いた。
「違っているからこそ、お互いの違いを認めて、理解し合い、助け合い、補い合っていけば、猫同士の付き合いからは得られないような豊かな友だち関係が結ばれるのではないでしょうか」
ぼくはそう答えた。
「そうか。お前はそう思うのか」
英傑がそう言った。
「おれは犬とは友だちになれないが、お前と知り合ったのも何かの縁だから、お前と友だちになることにした。おれはとても忠実で仕事熱心な猫だから、おれと付き合ったら得るものが多い」
英傑が誇らしげに、そう言った。
(偉そうな言い方をして、嫌な猫)
ぼくはそう思った。
「おれはお前と、もっとたくさん、いろいろなことを話したい。でもおれはこれからまた見回りに行かなければならない。あとでまたここへ戻ってくるから、それまで、ここでしばらく待っていろ。動くなよ」
英傑がそう言った。
自分本位な命令口調に、ぼくもサンパオもいい気はしなかった。英傑と友だちになりたいとは、ぼくもサンパオも少しも思わなかった。しかし英傑は怒ったら怖そうな猫だったので、仕方なく、ぼくとサンパオは鉄条網の外で、しばらく待つことにした。一時間待っても二時間待っても、英傑は戻ってこなかった。しびれを切らしたぼくとサンパオは待ちくたびれて、もうここにはいたくないようになってきた。おなかもへってきたので穀物倉庫の近くから離れて、活動拠点としている公園まで戻り、ゴミ箱の中から食べられそうなものを見つけて食べた。