天気……『天高く馬肥ゆる秋』というが、今日の天気は快晴で、とてもすがすがしい。空を見上げると、真っ青な空が高く広がっていて、その中をイワシ雲が小舟のように、ゆったりと流れていた。秋の収穫が終わった田畑は広々としていて、のどかな田園風景が遠くまで広がっていた。
ぼくたちはこの町の南の郊外から東の郊外に移動した。移動する途中も目をずっと四方に配らせながら、どこかに黒騎士がいないか見回していた。犬は何匹かいたが、どの犬もラブラドル・レトリバー犬ではなかった。
南の郊外から東の郊外までは十キロぐらい離れているので、東の郊外に着いた時は、ぼくもサンパオも足が棒になるくらい疲れていた。老いらくさんは、スイカボールの中に入って転がってきたので、それほど疲れていないようだった。ぼくたちは公園を拠点にしてこれからしばらく、東の郊外で黒騎士を探すことにした。サンパオは歩き疲れて、ぐったりしていて、公園に着くとすぐに眠り始めた。
サンパオが眠ったのを確認してから、ぼくは老いらくさんに声をかけた。
「東の郊外に着きましたよ。どのあたりに黒いラブラドル・レトリバー犬がいると、子孫たちは言っていましたか」
スイカボールの中から声がした。
「鉄道の駅があって、その駅の近くにある穀物倉庫の中で見かけたと言っていた。見張り番をしているそうだ」
「そうですか。それではサンパオが目を覚ましたら、そこへ行ってみましょう」
ぼくはそう答えた。
「その穀物倉庫には鉄道で運ばれてきたり、これから鉄道で運ばれていく食糧がたくさん集まっているらしい。わしの子孫たちはそこに集まって食べ物あさりをしているようだ」
老いらくさんがそう答えた。
「そうですか。食糧がネズミに食べられないように犬が見張りをしているのですか」
ぼくがそう聞くと
「まあ、そういうことだな」
老いらくさんが自嘲ぎみに、そう答えた。
「その犬はどんな犬ですか。後ろ足に障害がありますか」
ぼくが聞くと、老いらくさんはうなずいた。
「もちろんだよ。わしはまだ見たことがないが、子孫たちがそう言っていたから」
「そうですか。だったら黒騎士である可能性もありますね。でも実際に見てみないと断定はできませんがね」
ぼくはそう言った。
「そうだな。『百聞は一見にしかず』というからな」
老いらくさんが、ことわざを口にした。
サンパオは一時間ほど、とろとろとまどろんでから目を覚ました。
「サンパオ、これから駅に行くよ」
ぼくがそう言うと、
「電車に乗ってどこかへ行くの」
と、サンパオが聞き返した。
「そうじゃない。駅の近くに穀物倉庫があって、そこに障害のあるラブラドル・レトリバー犬がいるそうだから、黒騎士かどうか見に行くのだ」
ぼくはそう答えた。
「駅はどこにあるの」
サンパオが聞いた。
「父さんも知らない。でも、スイカボールの後についていけば大丈夫だと思う」
ぼくがそう答えると、サンパオはうなずいた。
サンパオがスイカボールをちょっと押すと、スイカボールはころころと転がり始めた。
ぼくとサンパオはスイカボールの後からついていった。
駅の近くに着くと、同じような形をした穀物倉庫がたくさん建ち並んでいた。倉庫の前には小型トラックが何台も横づけされていた。倉庫の中にはたくさんの人たちがいて、荷物を積んだり下ろしたり運んだりして忙しそうに立ち働いていた。
倉庫の出入口の外には鉄条網が張り巡らしてあって、鉄条網には電気が通っていた。ちょっとでも触れたら感電しかねない。そんな危険を冒してまでも中に入っていく勇気はなかった。ぼくもサンパオも鉄条網の外から、中の様子をもどかしそうに、うかがっていた。
(犬はどこにいるのだろう)
そう思いながら、荷物の積み下ろしの様子を見ていた時、ぼくの後ろから、スイカボールが、地面からぽんと跳び上がって、鉄条網を越えて、鉄条網の向こうに着地するのが見えた。まるで走高跳の選手のように見事なジャンプ力を発揮して、スイカボールは鉄条網に触れることなく越えていった。
(さすが老いらくさん)
ぼくはそう思った。
サンパオはスイカボールの中に老いらくさんが入っているとは思ってもいないので、スイカボールの不思議な動きを見て、目を白黒させていた。
スイカボールはそのあと、中のほうにころころと転がっていった。人の目にも映ったはずだが、みんな忙しそうに立ち働いていたので、気にとめる人はいなかった。
ぼくとサンパオは老いらくさんが戻ってくるのを鉄条網の外で待っていた。
するとしばらくしてから、老いらくさんではなくて、黒いペルシャ猫が一匹、こちらに近づいてくるのが見えた。精悍な顔つきをしたオス猫だった。ペルシャ猫は鉄条網の向こうから
「お前たち、そこで何をしているのだ」
と、尖った声で、ぼくたちに聞いた。
「何もしていません。中の様子を見ているだけです」
ぼくはそう答えた。
「そうか。珍しいか」
ペルシャ猫が聞いた。
「珍しいです」
サンパオがそう答えた。
「おれはここにある穀物倉庫の見張り番をしている英傑という猫だ」
ペルシャ猫がそう言った。
「そうですか。ぼくは笑い猫と呼ばれています。隣にいるのは、ぼくの子どもです。サンパオと言います」
ぼくはそう答えた。
「お前は笑えるのか」
英傑が聞いた。
「そうです。笑うことができます」
ぼくはそう答えてから、英傑に笑ってみせた。
英傑はびっくりしていた。
「この世に笑うことができる猫がいるとは思ってもいなかった」
英傑がそう言った。
「お前たちは、この中を珍しそうに見ていたが、けっして中に入ってはいけないぞ。倉庫の中には食糧がたくさん備蓄してあるので、どの倉庫でも厳重な警戒をしている。もし食べているところを見つかったら、捕まえられて鉄条網に投げつけられて感電死する」
英傑が恐ろしいことを口走った。
「分かっています。だからぼくたちは中に入らないで、ここからじっと見ているのです」
ぼくはそう答えた。
「分かった」
英傑がうなずいた。
「ところでお前たちに聞くが、スイカの形をしたボールを見なかったか」
英傑が聞いた。
「いいえ、見ませんでした」
「知りません」
ぼくとサンパオは口を合わせて、そう答えた。本当のことを言ったら、スイカボールが捕まえられて大変なことになるかもしれないと思ったからだ。
「そうか。それならいい。もし見かけたら、おれにすぐに連絡してくれ。あのボールは何やらとても怪しいボールで、追いかけて捕まえようとすると、空中にふわりと上がって逃げていく」
英傑が悔しそうな顔をしながらそう言った。
「そうですか。そんな不思議なボールがあるのですか」
ぼくは、しらばっくれて、わざとそう答えた。
英傑は、それからしばらくしてからどこかへ行ってしまった。
英傑の姿が消えていった反対の方向から、スイカボールがころころと転がってくるのが見えた。
(老いらくさんが大丈夫でよかった)
ぼくはそう思った。
スイカボールは再び鉄条網を跳び越えて、ぼくたちのすぐ近くまで戻ってきた。老いらくさんに中の様子を聞きたかったが、サンパオが近くにいるので、すぐに声をかけるわけにはいかなかった。しばらくしてからサンパオが用を足すために、少し離れたところにある草むらに行った。その間にぼくは老いらくさんに聞いた。
「どうでしたか。中に黒騎士らしい犬はいましたか」
「スイカボールの中から外に出なかったので、はっきりとは分からないが、犬の声は聞こえなかった」
老いらくさんがそう答えた。
「そうですか。だったら、ここにはいないのでしょうか」
ぼくが疑問を投げかけると、老いらくさんが首をかしげた。
「子孫から得た情報によると、ここに黒いラブラドル・レトリバー犬がいるということだったがなあ……情報が間違っていたのだろうか……それにしても、わしはさっき、とても鼻がきく猫に追い立てられて、とても怖い思いをした。あの猫は、わしにネズミのにおいを感じたのが、逃げても逃げても、しつっこく追いかけてきた。かろうじて逃げ延びることができたので、ほっとしている」
老いらくさんがそう言って安堵の胸をなでおろしていた。
「その猫に、ぼくはさっき会いましたよ。あの猫は英傑という名前のペルシャ猫で、穀物倉庫の見張り番をしていると言っていました」
「そうか、その猫がここに来たのか。わしのことを聞かなかったか」
「聞きました。でも、知らないと答えておきました」
ぼくはそう答えた。
「その猫が穀物倉庫の見張り番をしているとは思わなかったな。見張り番をする動物は、たいてい犬だと決まっているではないか」
老いらくさんがそう言った。
「そうかもしれません。でもネズミが穀物倉庫の中に入って穀物を食べないように見張りをするためには、猫がうってつけではないのですか」
ぼくはそう答えた。
「なるほど、そう言われれば、そうかもしれないな」
老いらくさんが、そう答えた。
「穀物倉庫の見張り番は一日中しなければならないので、あの猫が一日中、ひとりでしているわけではないと思います。ほかの猫と昼と夜に分けて交代でおこなっているかもしれません。もしかしたら、夜は犬が見張りをしているかもしれません」
ぼくはそう言った。
「それもありうるな。ここに犬はいないと決めつけてしまうのは早計だな。日が落ちてから、またここへ来よう。わしがまた中にこっそり入って調べてみるよ」
老いらくさんがそう答えた。
ぼくはうなずいた。
サンパオがそれからまもなく用を足して、戻ってくるのが見えた。老いらくさんと話をしているところをサンパオに聞かれたらまずいと思ったので、老いらくさんとの話は、ここでひとまず打ち切ることにした。
昼間はのんびりと郊外の散策をして過ごした。サンパオは無邪気になって、スイカボールを転がして、追いかけ回したり、スイカボールの上をジャンプして遊んだりしていた。
日が落ちて辺りが暗くなってきたころ、ぼくとサンパオは、スイカボールを転がしながら、穀物倉庫の前まで戻ってきた。老いらくさんがスイカボールの中でジャンプして、鉄条網を越えて、中に入っていった。それからしばらくしてから、あの英傑という見張り猫がまたやってきた。
「誰かと思ったら、またお前たちか」
英傑が鉄条網ごしにそう言った。
「昼間も見張りに回り、夜も交代はなしですか」
ぼくは聞いた。
「そうなのだ。夜の見張りはこれまでは犬に任せていたが、その犬が不祥事を起こして、今はここにいないので、夜もおれが見張るしかない」
英傑がそう答えた。
「その犬はどんな犬ですか」
ぼくは聞いた。
「黒いラブラドル・レトリバー犬だ。足に障害がある」
英傑がそう言った。
それを聞いて、ぼくは顔の表情が、思わず、ぱっと明るくなった。サンパオも期待を感じて明るい顔をしていた。
「お父さん、もしかしたら、その犬はぼくたちが探している黒騎士かもしれないよ」
サンパオがそう言った。
「そうかもしれない。しかし黒騎士が不祥事を起こすだろうか」
ぼくはサンパオに期待感とともに疑問も投げかけた。
「……」
サンパオは答に詰まって返事ができないでいた。
それからまもなく英傑が
「おれはこれから見張りに行かなければならないから、ここで長く立ち話をしているわけにはいかない」
と言って、闇の中に消えていった。
英傑の姿が見えなくなってしばらくしてから、老いらくさんが戻ってきた。スイカボールの弾みかたに力強さが感じられなかったので、黒騎士を探すための有力な手掛かりが得られなかったことが、ぼくには分かった。でも英傑から耳寄りな情報を思いがけず聞き出すことができたので、ぼくは少しも気落ちしていなかった。
空を見上げるときれいな月が出ていた。きらきら輝く月の光をいっぱいに浴びて、穀物倉庫が静かに眠っているように見えた。
ぼくたちはこの町の南の郊外から東の郊外に移動した。移動する途中も目をずっと四方に配らせながら、どこかに黒騎士がいないか見回していた。犬は何匹かいたが、どの犬もラブラドル・レトリバー犬ではなかった。
南の郊外から東の郊外までは十キロぐらい離れているので、東の郊外に着いた時は、ぼくもサンパオも足が棒になるくらい疲れていた。老いらくさんは、スイカボールの中に入って転がってきたので、それほど疲れていないようだった。ぼくたちは公園を拠点にしてこれからしばらく、東の郊外で黒騎士を探すことにした。サンパオは歩き疲れて、ぐったりしていて、公園に着くとすぐに眠り始めた。
サンパオが眠ったのを確認してから、ぼくは老いらくさんに声をかけた。
「東の郊外に着きましたよ。どのあたりに黒いラブラドル・レトリバー犬がいると、子孫たちは言っていましたか」
スイカボールの中から声がした。
「鉄道の駅があって、その駅の近くにある穀物倉庫の中で見かけたと言っていた。見張り番をしているそうだ」
「そうですか。それではサンパオが目を覚ましたら、そこへ行ってみましょう」
ぼくはそう答えた。
「その穀物倉庫には鉄道で運ばれてきたり、これから鉄道で運ばれていく食糧がたくさん集まっているらしい。わしの子孫たちはそこに集まって食べ物あさりをしているようだ」
老いらくさんがそう答えた。
「そうですか。食糧がネズミに食べられないように犬が見張りをしているのですか」
ぼくがそう聞くと
「まあ、そういうことだな」
老いらくさんが自嘲ぎみに、そう答えた。
「その犬はどんな犬ですか。後ろ足に障害がありますか」
ぼくが聞くと、老いらくさんはうなずいた。
「もちろんだよ。わしはまだ見たことがないが、子孫たちがそう言っていたから」
「そうですか。だったら黒騎士である可能性もありますね。でも実際に見てみないと断定はできませんがね」
ぼくはそう言った。
「そうだな。『百聞は一見にしかず』というからな」
老いらくさんが、ことわざを口にした。
サンパオは一時間ほど、とろとろとまどろんでから目を覚ました。
「サンパオ、これから駅に行くよ」
ぼくがそう言うと、
「電車に乗ってどこかへ行くの」
と、サンパオが聞き返した。
「そうじゃない。駅の近くに穀物倉庫があって、そこに障害のあるラブラドル・レトリバー犬がいるそうだから、黒騎士かどうか見に行くのだ」
ぼくはそう答えた。
「駅はどこにあるの」
サンパオが聞いた。
「父さんも知らない。でも、スイカボールの後についていけば大丈夫だと思う」
ぼくがそう答えると、サンパオはうなずいた。
サンパオがスイカボールをちょっと押すと、スイカボールはころころと転がり始めた。
ぼくとサンパオはスイカボールの後からついていった。
駅の近くに着くと、同じような形をした穀物倉庫がたくさん建ち並んでいた。倉庫の前には小型トラックが何台も横づけされていた。倉庫の中にはたくさんの人たちがいて、荷物を積んだり下ろしたり運んだりして忙しそうに立ち働いていた。
倉庫の出入口の外には鉄条網が張り巡らしてあって、鉄条網には電気が通っていた。ちょっとでも触れたら感電しかねない。そんな危険を冒してまでも中に入っていく勇気はなかった。ぼくもサンパオも鉄条網の外から、中の様子をもどかしそうに、うかがっていた。
(犬はどこにいるのだろう)
そう思いながら、荷物の積み下ろしの様子を見ていた時、ぼくの後ろから、スイカボールが、地面からぽんと跳び上がって、鉄条網を越えて、鉄条網の向こうに着地するのが見えた。まるで走高跳の選手のように見事なジャンプ力を発揮して、スイカボールは鉄条網に触れることなく越えていった。
(さすが老いらくさん)
ぼくはそう思った。
サンパオはスイカボールの中に老いらくさんが入っているとは思ってもいないので、スイカボールの不思議な動きを見て、目を白黒させていた。
スイカボールはそのあと、中のほうにころころと転がっていった。人の目にも映ったはずだが、みんな忙しそうに立ち働いていたので、気にとめる人はいなかった。
ぼくとサンパオは老いらくさんが戻ってくるのを鉄条網の外で待っていた。
するとしばらくしてから、老いらくさんではなくて、黒いペルシャ猫が一匹、こちらに近づいてくるのが見えた。精悍な顔つきをしたオス猫だった。ペルシャ猫は鉄条網の向こうから
「お前たち、そこで何をしているのだ」
と、尖った声で、ぼくたちに聞いた。
「何もしていません。中の様子を見ているだけです」
ぼくはそう答えた。
「そうか。珍しいか」
ペルシャ猫が聞いた。
「珍しいです」
サンパオがそう答えた。
「おれはここにある穀物倉庫の見張り番をしている英傑という猫だ」
ペルシャ猫がそう言った。
「そうですか。ぼくは笑い猫と呼ばれています。隣にいるのは、ぼくの子どもです。サンパオと言います」
ぼくはそう答えた。
「お前は笑えるのか」
英傑が聞いた。
「そうです。笑うことができます」
ぼくはそう答えてから、英傑に笑ってみせた。
英傑はびっくりしていた。
「この世に笑うことができる猫がいるとは思ってもいなかった」
英傑がそう言った。
「お前たちは、この中を珍しそうに見ていたが、けっして中に入ってはいけないぞ。倉庫の中には食糧がたくさん備蓄してあるので、どの倉庫でも厳重な警戒をしている。もし食べているところを見つかったら、捕まえられて鉄条網に投げつけられて感電死する」
英傑が恐ろしいことを口走った。
「分かっています。だからぼくたちは中に入らないで、ここからじっと見ているのです」
ぼくはそう答えた。
「分かった」
英傑がうなずいた。
「ところでお前たちに聞くが、スイカの形をしたボールを見なかったか」
英傑が聞いた。
「いいえ、見ませんでした」
「知りません」
ぼくとサンパオは口を合わせて、そう答えた。本当のことを言ったら、スイカボールが捕まえられて大変なことになるかもしれないと思ったからだ。
「そうか。それならいい。もし見かけたら、おれにすぐに連絡してくれ。あのボールは何やらとても怪しいボールで、追いかけて捕まえようとすると、空中にふわりと上がって逃げていく」
英傑が悔しそうな顔をしながらそう言った。
「そうですか。そんな不思議なボールがあるのですか」
ぼくは、しらばっくれて、わざとそう答えた。
英傑は、それからしばらくしてからどこかへ行ってしまった。
英傑の姿が消えていった反対の方向から、スイカボールがころころと転がってくるのが見えた。
(老いらくさんが大丈夫でよかった)
ぼくはそう思った。
スイカボールは再び鉄条網を跳び越えて、ぼくたちのすぐ近くまで戻ってきた。老いらくさんに中の様子を聞きたかったが、サンパオが近くにいるので、すぐに声をかけるわけにはいかなかった。しばらくしてからサンパオが用を足すために、少し離れたところにある草むらに行った。その間にぼくは老いらくさんに聞いた。
「どうでしたか。中に黒騎士らしい犬はいましたか」
「スイカボールの中から外に出なかったので、はっきりとは分からないが、犬の声は聞こえなかった」
老いらくさんがそう答えた。
「そうですか。だったら、ここにはいないのでしょうか」
ぼくが疑問を投げかけると、老いらくさんが首をかしげた。
「子孫から得た情報によると、ここに黒いラブラドル・レトリバー犬がいるということだったがなあ……情報が間違っていたのだろうか……それにしても、わしはさっき、とても鼻がきく猫に追い立てられて、とても怖い思いをした。あの猫は、わしにネズミのにおいを感じたのが、逃げても逃げても、しつっこく追いかけてきた。かろうじて逃げ延びることができたので、ほっとしている」
老いらくさんがそう言って安堵の胸をなでおろしていた。
「その猫に、ぼくはさっき会いましたよ。あの猫は英傑という名前のペルシャ猫で、穀物倉庫の見張り番をしていると言っていました」
「そうか、その猫がここに来たのか。わしのことを聞かなかったか」
「聞きました。でも、知らないと答えておきました」
ぼくはそう答えた。
「その猫が穀物倉庫の見張り番をしているとは思わなかったな。見張り番をする動物は、たいてい犬だと決まっているではないか」
老いらくさんがそう言った。
「そうかもしれません。でもネズミが穀物倉庫の中に入って穀物を食べないように見張りをするためには、猫がうってつけではないのですか」
ぼくはそう答えた。
「なるほど、そう言われれば、そうかもしれないな」
老いらくさんが、そう答えた。
「穀物倉庫の見張り番は一日中しなければならないので、あの猫が一日中、ひとりでしているわけではないと思います。ほかの猫と昼と夜に分けて交代でおこなっているかもしれません。もしかしたら、夜は犬が見張りをしているかもしれません」
ぼくはそう言った。
「それもありうるな。ここに犬はいないと決めつけてしまうのは早計だな。日が落ちてから、またここへ来よう。わしがまた中にこっそり入って調べてみるよ」
老いらくさんがそう答えた。
ぼくはうなずいた。
サンパオがそれからまもなく用を足して、戻ってくるのが見えた。老いらくさんと話をしているところをサンパオに聞かれたらまずいと思ったので、老いらくさんとの話は、ここでひとまず打ち切ることにした。
昼間はのんびりと郊外の散策をして過ごした。サンパオは無邪気になって、スイカボールを転がして、追いかけ回したり、スイカボールの上をジャンプして遊んだりしていた。
日が落ちて辺りが暗くなってきたころ、ぼくとサンパオは、スイカボールを転がしながら、穀物倉庫の前まで戻ってきた。老いらくさんがスイカボールの中でジャンプして、鉄条網を越えて、中に入っていった。それからしばらくしてから、あの英傑という見張り猫がまたやってきた。
「誰かと思ったら、またお前たちか」
英傑が鉄条網ごしにそう言った。
「昼間も見張りに回り、夜も交代はなしですか」
ぼくは聞いた。
「そうなのだ。夜の見張りはこれまでは犬に任せていたが、その犬が不祥事を起こして、今はここにいないので、夜もおれが見張るしかない」
英傑がそう答えた。
「その犬はどんな犬ですか」
ぼくは聞いた。
「黒いラブラドル・レトリバー犬だ。足に障害がある」
英傑がそう言った。
それを聞いて、ぼくは顔の表情が、思わず、ぱっと明るくなった。サンパオも期待を感じて明るい顔をしていた。
「お父さん、もしかしたら、その犬はぼくたちが探している黒騎士かもしれないよ」
サンパオがそう言った。
「そうかもしれない。しかし黒騎士が不祥事を起こすだろうか」
ぼくはサンパオに期待感とともに疑問も投げかけた。
「……」
サンパオは答に詰まって返事ができないでいた。
それからまもなく英傑が
「おれはこれから見張りに行かなければならないから、ここで長く立ち話をしているわけにはいかない」
と言って、闇の中に消えていった。
英傑の姿が見えなくなってしばらくしてから、老いらくさんが戻ってきた。スイカボールの弾みかたに力強さが感じられなかったので、黒騎士を探すための有力な手掛かりが得られなかったことが、ぼくには分かった。でも英傑から耳寄りな情報を思いがけず聞き出すことができたので、ぼくは少しも気落ちしていなかった。
空を見上げるときれいな月が出ていた。きらきら輝く月の光をいっぱいに浴びて、穀物倉庫が静かに眠っているように見えた。

