野いちご源氏物語 一三 明石(あかし)

家来たちは寝てしまったらしい。
涼しい浜風(はまかぜ)が吹きはじめて、月は()み、静かな夜よ。
酔った明石(あかし)入道(にゅうどう)は、何もかもを源氏(げんじ)(きみ)にお話ししたい気分になっていた。

「こんなふうに申し上げては失礼かと存じますが、あなた様が明石などまでお越しになりましたのは、私の願いを神様や仏様が(かな)えてくださったからではないかと思うのです。『どうか娘が高貴(こうき)な方と結婚できますように』とお願いしつづけておりました。とくに住吉(すみよし)大社(たいしゃ)には、十八年前に娘が生まれましてから、年に二度のお参りをしております。

()(ほど)知らずなとお思いになりましたか。たしかに私はご覧のとおりの田舎(いなか)(もの)ですが、実は私の父は大臣(だいじん)だったのでございます。私は自分の意思で都での出世(しゅっせ)を捨てましたが、このままでは子孫は落ちぶれる一方だろうと後悔した時期もありました。そんなときに娘が生まれまして、この娘は思いがけない幸運をつかむと、夢のお告げがあったのでございます。

幸運をつかませてやるためには、まず都の高貴なお方と結婚させなければならないと思いました。もちろん周囲からは、馬鹿にされたり悪く言われたりもしましたが、そんなことは気にしておられませんでした。とにかく娘を高貴な方にふさわしい女性に育てようと、全身(ぜんしん)全霊(ぜんれい)で世話してきたのでございます。もし結婚させてやれないまま私が死んだら、海に身を投げて死ぬよう厳しく言い聞かせております」

源氏の君は同情なさっておっしゃる。
「なるほど、そうでしたか。どうして無実(むじつ)(つみ)を着せられ、明石まで流れてくることになったのか、ずっと不思議に思っていました。今のお話を聞くと、私とあなたの娘御(むすめご)が出会うのは運命だったのですね。もっと早く教えてくださればよかったのに。
都を離れてからは仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)ばかりをしていて、色めいた気持ちなど忘れていたのです。娘御がいるとは聞いていましたが、罪人(ざいにん)の私など相手にされないだろうと遠慮もしていました。夜はいつも人恋しく寂しいのですよ。娘御をこの館へ連れてきてください」

入道は、
<これですべてうまく行く>
と安心した。
「娘も毎日寂しく暮らしております。よろこんで参りましょう」
と、泣き崩れてしまいそうなの。
「そなたたちの寂しさと私の寂しさは、どちらが深いだろう。私の方が勝ちそうな気がするけれど」
と、源氏の君は冗談めいたことをおっしゃる。
にこにこなさって、すばらしくお優しい雰囲気よ。

「本当にこんなに頑固で奇妙な入道がいるの?」って思った?
まぁ、たしかに少し大げさに言ってしまったところはあるけれど、本当にもう、びっくりするほどの変わり者なの。
どうかしら、伝わったかしら。