野いちご源氏物語 一三 明石(あかし)

しばらくしてお暮らしが落ち着くと、源氏(げんじ)(きみ)は都にお手紙をお書きになった。
いろいろな方に、明石(あかし)へ引っ越されたことをお知らせになる。
入道(にゅうどう)(みや)様にだけは、特別に詳しく、嵐の恐ろしかったことや命拾いなさったことなどもお書きになったわ。

嵐のなか届けられた(むらさき)(うえ)からのお手紙には、まだお返事を書かれていなかった。
何からどう報告したらよいかお迷いになって、時間がかかっていらっしゃる。
「この世のつらいことがすべて集まってきているのではないかと思うほど、つらいことが重なって起きますので、いっそ出家(しゅっけ)しようかとも悩みました。しかし、お別れした日のあなたの寂しそうなお顔を思い出すと、あなたを捨てることなどできません。どうしてももう一度、あなたと仲良く暮らしたいのです。そのためなら、次々とつらいことが(おそ)ってきても()えられます。
どうか私のことを思っていてください。須磨(すま)から明石へ移って、あなたからはさらに遠く離れてしまったけれど。
ここ最近本当にいろいろなことがありまして、まだ夢のような気がしています。ずいぶん感情的なことを書いてしまったかもしれません」
と、動揺(どうよう)が隠せないお手紙をお書きになった。

家来(けらい)たちは、
<これだけ時間をかけて、お手を震わせながら書いておられるのだから、やはり二条(にじょう)(いん)女君(おんなぎみ)は特別な方でいらっしゃるのだろう>
と拝見しながら、それぞれ自分の家族や恋人に手紙を書いていたわ。

あんなに荒れていた空も、今はすっかり晴れ渡っている。
漁師たちも活気にあふれているの。
<須磨は漁師も少なく静かだった。須磨に比べて明石は人気(ひとけ)が多すぎると思っていたが、これはこれでよいものだな。やはり人の気配(けはい)がすると力づけられる>

こうして書かれた何通ものお手紙は、紫の上からの使者(ししゃ)に届けさせることになさった。
危険を(おか)してやって来た使者は、まだ須磨に留まっていたの。
源氏の君はその使者を明石までお呼びになって、お手紙をお預けになると、ご褒美(ほうび)をたくさん持たせて都へお帰しになった。