須磨の浜辺に、人を二、三人乗せた小船が着いた。
一人が船を降りると、まっすぐ源氏の君のお住まいに向かう。
まだ嵐と火事の混乱が収まらないところに入ってきたその人に、源氏の君の家来は、
「何者だ」
と尋ねたわ。
すると、
「明石の入道様のお使いで参りました。源少納言様はおいででございますか。入道様が船でお待ちですので、浜辺までお越しいただきたくお願い申し上げます」
と言う。
源少納言というのは良清のことよ。
応対に出た家来からこれを聞いた良清は、
<こんなときに何だろうか。もうずいぶん手紙のやりとりもしていないのに>
と驚いたわ。
源氏の君は、
<明石の入道といえば、播磨国の長官だった人だろう。任期が終わっても都に戻らず、明石で贅沢に暮らす変わり者、という話だったな。上皇様が、「住吉の神様のお導き」というようなことをおっしゃっていたけれど、それに関係のある話かもしれない>
とお思いになって、
「早く会ってまいれ」
とお命じになる。
良清は使者と浜辺へ行った。
<昨夜まで海は大荒れだったが、こんな小船でどうやって明石から須磨まで来たのだろう>
と首をかしげていたわ。
明石の入道が良清に言う。
「半月ほど前、夢に神様が現れて、奇妙なことをおっしゃったのです。『私は今日嵐を起こし、十三日後にやませる。嵐がやんだら、おまえは船に乗って明石の浜辺を離れよ。どこへ行けばよいかはそのときになれば分かる。今のうちに船の準備をしておくがよい』というようなお告げでした。
半信半疑で船の準備を始めますと、お告げのとおり嵐がやって来たのです。そしてお告げのとおりにやみました。夢とはいえこれは無視できないと思って、明石の浜辺から船を出しました。するとどうでしょう。不思議な風がこの船の周りだけに吹いて、たいして漕ぎもしないのに、この須磨の浜辺に到着したのです。神様はここを目的地と考えておられたに違いありません。
こちらには都から源氏の君がお越しになっているそうでございますね。私がここへ参ることになった理由について、何かお心当たりがおありかもしれません。恐れ多いことでございますが、今の話をお耳に入れて、お尋ねいただけませんか」
良清は源氏の君のところに戻って、明石の入道の話をこっそりお伝えした。
源氏の君は、
<須磨から離れたいと思っていたところへ、すぐ隣の明石から金持ちの男がやって来た。この入道を頼って明石へ引っ越すのもよいかもしれない。世間からは軽率なふるまいだと言われるだろうが、これが上皇様のおっしゃっていた「住吉の神様のお導き」だとしたら、つつしんで従うべきだ。あの嵐で死んでいてもおかしくなかった身なのだから、もう思ったとおりにふるまえばよいだろう>
と決意なさったわ。
良清はまた浜辺に行って、源氏の君のお言葉を入道に伝える。
「慣れない土地でさんざんな目に遭ったが、そなたが思いがけず見舞いにきてくれて感謝する。ところで、明石のそなたの土地に、私がひそかに住めそうなところはないだろうか」
というようなお言葉だった。
入道は、「屋敷へお越しいただいてみせる」と妻に息巻いていたような人だから、自分の思いどおりになっていって、内心大よろこびしている。
でも、それは隠して、
「よいところがございます。善は急げと申しますから、これからさっそく明石にお越しくださるようお伝えください。なるべく早く、明るくなる前にここをご出発なさった方がよろしいでしょう。すぐに源氏の君を浜辺へお連れになってください」
と真面目な顔で良清に頼むの。
源氏の君と四、五人のお供は入道の船にお乗りになった。
入道が言っていたとおりの風が吹いて、須磨から明石まで飛ぶように船が進んでいったわ。
一人が船を降りると、まっすぐ源氏の君のお住まいに向かう。
まだ嵐と火事の混乱が収まらないところに入ってきたその人に、源氏の君の家来は、
「何者だ」
と尋ねたわ。
すると、
「明石の入道様のお使いで参りました。源少納言様はおいででございますか。入道様が船でお待ちですので、浜辺までお越しいただきたくお願い申し上げます」
と言う。
源少納言というのは良清のことよ。
応対に出た家来からこれを聞いた良清は、
<こんなときに何だろうか。もうずいぶん手紙のやりとりもしていないのに>
と驚いたわ。
源氏の君は、
<明石の入道といえば、播磨国の長官だった人だろう。任期が終わっても都に戻らず、明石で贅沢に暮らす変わり者、という話だったな。上皇様が、「住吉の神様のお導き」というようなことをおっしゃっていたけれど、それに関係のある話かもしれない>
とお思いになって、
「早く会ってまいれ」
とお命じになる。
良清は使者と浜辺へ行った。
<昨夜まで海は大荒れだったが、こんな小船でどうやって明石から須磨まで来たのだろう>
と首をかしげていたわ。
明石の入道が良清に言う。
「半月ほど前、夢に神様が現れて、奇妙なことをおっしゃったのです。『私は今日嵐を起こし、十三日後にやませる。嵐がやんだら、おまえは船に乗って明石の浜辺を離れよ。どこへ行けばよいかはそのときになれば分かる。今のうちに船の準備をしておくがよい』というようなお告げでした。
半信半疑で船の準備を始めますと、お告げのとおり嵐がやって来たのです。そしてお告げのとおりにやみました。夢とはいえこれは無視できないと思って、明石の浜辺から船を出しました。するとどうでしょう。不思議な風がこの船の周りだけに吹いて、たいして漕ぎもしないのに、この須磨の浜辺に到着したのです。神様はここを目的地と考えておられたに違いありません。
こちらには都から源氏の君がお越しになっているそうでございますね。私がここへ参ることになった理由について、何かお心当たりがおありかもしれません。恐れ多いことでございますが、今の話をお耳に入れて、お尋ねいただけませんか」
良清は源氏の君のところに戻って、明石の入道の話をこっそりお伝えした。
源氏の君は、
<須磨から離れたいと思っていたところへ、すぐ隣の明石から金持ちの男がやって来た。この入道を頼って明石へ引っ越すのもよいかもしれない。世間からは軽率なふるまいだと言われるだろうが、これが上皇様のおっしゃっていた「住吉の神様のお導き」だとしたら、つつしんで従うべきだ。あの嵐で死んでいてもおかしくなかった身なのだから、もう思ったとおりにふるまえばよいだろう>
と決意なさったわ。
良清はまた浜辺に行って、源氏の君のお言葉を入道に伝える。
「慣れない土地でさんざんな目に遭ったが、そなたが思いがけず見舞いにきてくれて感謝する。ところで、明石のそなたの土地に、私がひそかに住めそうなところはないだろうか」
というようなお言葉だった。
入道は、「屋敷へお越しいただいてみせる」と妻に息巻いていたような人だから、自分の思いどおりになっていって、内心大よろこびしている。
でも、それは隠して、
「よいところがございます。善は急げと申しますから、これからさっそく明石にお越しくださるようお伝えください。なるべく早く、明るくなる前にここをご出発なさった方がよろしいでしょう。すぐに源氏の君を浜辺へお連れになってください」
と真面目な顔で良清に頼むの。
源氏の君と四、五人のお供は入道の船にお乗りになった。
入道が言っていたとおりの風が吹いて、須磨から明石まで飛ぶように船が進んでいったわ。



