野いちご源氏物語 一三 明石(あかし)

これが一番ひどいときで、夜になると風が収まりはじめ、雨もやんで、星が見えてきた。
お住まいの建物は一部が火事で燃えてしまっているし、室内も()()らされているので、お戻りになることができない。
源氏(げんじ)(きみ)はみすぼらしい離れで、
住吉(すみよし)海神(うみがみ)様、竜王(りゅうおう)様、命をお助けいただきありがとうございました>
とお祈りになる。

お疲れが出たのでしょうね、源氏の君は物に寄りかかったままうとうとなさった。
すると、亡き上皇(じょうこう)様が夢に出ていらっしゃったの。
「どうしてこんなみすぼらしいところにいるのだ。まもなく住吉の神様がそなたをお導きくださる。それに従って早く須磨(すま)から離れなさい」
とおっしゃりながら、源氏の君のお手をおとりになった。

源氏の君は上皇様にお会いできた上、お話しできることに感動していらっしゃる。
「上皇様がお亡くなりになってからというもの、私はつらいことばかりで、今はこんなに落ちぶれた()(さま)なのです」
不安と情けないお気持ちがあふれて、幼い子どものようにお泣きになる。

「それはいけない。守ってやれなくてすまなかったな。あの世に行ってすぐは何かと忙しくて、そなたを見守ることができなかったのだ。やっと落ち着いてふと見てみたら、ずいぶんと苦労しているではないか。あわてて飛んできたのだよ。
とにかく、住吉の神様に従っていればそなたは大丈夫だ。私はこれから都へ行く。ここまで来たついでに、(みかど)に急ぎ申し上げなければならぬことがあるからな」

上皇様のお姿が消えはじめる。
「お待ちください、私もお(とも)させてくださいませ」
とお手をお伸ばしになると夢は覚めた。
お手の先にはきらきらと輝く月がある。

源氏の君はあれが夢だったとはお思いになれない。
長年(ながねん)、夢などに出てきてくださらなかったのだ。きっと私の命が危なくなっているのをご覧になって、助けに()けつけてくださったのだろう>
と、ありがたく、頼もしくお思いになる。
<もっとお話ししたかった。もう一度寝たらお会いできるだろうか>
と試してごらんになるけれど、上皇様は現れてくださらないまま明け方になってしまったわ。