野いちご源氏物語 一三 明石(あかし)

源氏(げんじ)(きみ)は船で難波(なんば)というところにお着きになった。
上陸して乗り物にお乗り換えになると、ここから都まではあと少しよ。
住吉(すみよし)大社(たいしゃ)が近いから、あの嵐の夜を無事に生き延びられたお礼を申し上げたい>
とお思いになるけれど、今回はこのまま都へ入ることになさった。
その代わりに使者(ししゃ)をお出しになって、
「また改めてお礼を申し上げにまいります」
とお伝えになったわ。

二条(にじょう)(いん)にお帰りになると、留守番をしていた家来とお(とも)をしていた家来が、にぎやかに再会をよろこびあう。
(むらさき)(うえ)は、<もう生きていても甲斐(かい)がない>とまで思いつめておられたから、源氏の君のお帰りをどれほどうれしくお思いになったことかしら。
源氏の君が急いで紫の上の離れに行かれると、女君(おんなぎみ)はたいそう美しく成長しておられた。
二年以上も離れ離れでいらっしゃったお苦しみで、お(ぐし)は少し量が減ってしまったけれど、それがかえってすっきりとしてお美しい。

<あぁ、これからは毎日会えるのだ>
と源氏の君は感動なさる。
でもそのすぐ後に、
明石(あかし)(きみ)は見捨てられたと思って苦しんでいるだろう>
とお思いになるのだから、恋愛関係で悩みつづける運命でいらっしゃるのでしょうね。

源氏の君はそのまま、明石の君のことを紫の上にお話しになる。
<ずいぶんしみじみと思い出しながら話しておられる。ちょっとした浮気などではないのだ>
と紫の上は気づかれたけれど、はっきりとご不満はおっしゃらない。
「浮気などしないと神様に(ちか)ってご出発なさいましたでしょう。その(ばち)が当たらないとよろしいのですけれど」
と冗談めかしてお(うら)みになるの。
そのご様子が、源氏の君にはかわいらしくてたまらない。

見れば見るほど紫の上が愛しくなっていかれて、
<二年以上も平気で離れていられたのが不思議なほどだ。右大臣(うだいじん)め、もう亡くなったと聞いたが、なんとつらい目に()わせてくれたものよ>
と、ふつふつとお怒りが()く。

源氏の君をお許しになった(みかど)は、目のご病気はあいかわらずでいらっしゃるけれど、源氏の君が無事にお戻りになったことに一安心しておられた。
源氏の君を元の(くらい)に復帰させて、「(ごんの)大納言(だいなごん)」という高いお役職(やくしょく)をお与えになる。
源氏の君の家来たちで、(さきの)右大臣(うだいじん)様にお役職を取り上げられてしまった人たちも、元のお役職に戻していただいた。
()()に花が咲いたようで、とてもおめでたい雰囲気だったわ。

帝からお召しがあったので、源氏の君は内裏(だいり)に上がられた。
堂々とご立派な源氏の君を拝見して、女房(にょうぼう)たちは、
「こんなにご立派な方が、どうやって田舎(いなか)暮らしをなさっていたのかしら」
と不思議がっている。
年老いた女房は源氏の君をお小さいころから存じ上げているから、もう泣きながら感動しているの。

帝は、
<ひさしぶりに源氏の君と対面するのだから>
と、念入りに身づくろいして出ていらっしゃった。
ご病状はあいかわらず重いけれど、ここ一日二日は少しご気分がおよろしいの。
静かに話し合われるうちに夜になった。
帝は、亡き上皇(じょうこう)様のご遺言(ゆいごん)を破って、源氏の君を都から追い出したことを後悔していらっしゃる。
ご病気のせいで余計に心細くお思いになるみたい。

「近ごろでは音楽会もしていないのです。(やまい)が重くてね。あなたの演奏を最後に聞いたのはいつだっただろう。ずいぶん長い時間が経ってしまいました」
とおっしゃる。
源氏の君が、
「寂しい海辺で二年以上過ごしました」
とお返事なさると、帝は申し訳なくお思いになる。
「あなたにはつらい思いをさせてしまった。不甲斐(ふがい)ない私を許しておくれ」
と、どこまでもお優しく、品良くおっしゃるの。

源氏の君は、東宮(とうぐう)様のところにもご挨拶(あいさつ)に上がられた。
都をお離れになったときは幼さが残っておられたけれど、すっかり少年らしくご成長なさっている。
ひさしぶりに源氏の君に会えたことをよろこんでいらっしゃるので、源氏の君は愛しい気持ちでいっぱいになられる。
ご学問もよくおできになるから、
<いつ帝におなりになっても大丈夫だろう。ご立派で賢い帝になられるはずだ>
と源氏の君はほほえんでおられたわ。

入道(にゅうどう)(みや)様へのご挨拶は、もう少しお気持ちを落ち着かせてから行かれた。
感動的な再会だったことでしょうね。
花散里(はなちるさと)(きみ)にはお手紙で都に戻ったことをお知らせになった。
その後もたまにお手紙はお送りになるけれど、ご訪問はなさらないので、女君はかえってつらくなっていらっしゃったわ。