野いちご源氏物語 一三 明石(あかし)

明石(あかし)では、源氏(げんじ)(きみ)が物寂しい秋風に()えられなくなっていらっしゃる。
ひとり寝ももう限界で、たびたび明石の入道(にゅうどう)に、
「さりげなく目立たないようにして、娘御(むすめご)をこの(やかた)へ連れてまいれ」
とおっしゃるの。

源氏の君はご自分から(おか)(やかた)へ行くおつもりはない。
どんなに教養のある娘でも、身分が()り合わない家に通って婿(むこ)扱いされるのはお嫌なのかしら。
しかし娘の方だって、(はま)(やかた)女房(にょうぼう)として行くなんてありえないと思っている。

高貴(こうき)な方が(わけ)あって田舎(いなか)へ流れていかれたとき、田舎娘がほいほいと誘いに乗るのはよくあることだと聞く。しかしそれで幸せになれた娘がいただろうか。私だってどうせたいした扱いはしていただけず、悩みばかりが増えることになるだろう。
両親は私の結婚にずいぶん期待しているようだけれど、頭のなかで夢見ているうちが花なのだ。実際に源氏の君と関係をもってしまったら、しかも正式な結婚ではなくお手つき女房などになってしまったら、あれやこれや心配ばかりかけることになるだろう。

源氏の君はきっとすぐに都に戻ってしまわれるのだから、明石にいらっしゃる間だけ、お手紙のやりとりをするくらいがちょうどよい。源氏の君のすばらしいお(うわさ)は明石まで届いていて、私もあこがれていたけれど、これ以上お近づきになるのは恐れ多い。
噂に()(だか)いお(こと)()も、風に乗ってほのかにこの館まで届いたから、お聞きすることができた。しかもこうやってお手紙までいただいている。このくらいで十分満足しておかなければ>
と思うと、ますます自分の境遇(きょうぐう)が恥ずかしくなってしまう。
とても源氏の君のお誘いに乗ろうという気にはならないの。

入道とその妻は、いよいよ夢が実現するかと思うと、逆に娘のことが心配になってきた。
<娘が源氏の君と関係をもったとして、もし源氏の君にお気に召していただけなかったら、どうなってしまうのだろう。ご立派な方が情け深いとは限らない。娘が捨てられてしまう可能性だってある。神様や仏様にお願いするのに夢中で、源氏の君がどう考えておられるかなんて気にしていなかった。迂闊(うかつ)だった>
と、急に悲観的になる。

入道一家の悩みなどご存じない源氏の君は、
「秋の波の音にあわせて娘の(そう)を聞きたいものだ」
呑気(のんき)に、いえ、ご本人にとっては切実よね、そんなことをおっしゃっていたわ。