野いちご源氏物語 一三 明石(あかし)

 翌日、明石(あかし)入道(にゅうどう)(かた)()がひとつ降りたような気持ちで(おか)(やかた)にいた。そこへ源氏(げんじ)(きみ)から娘()てに手紙が届いた。
 教養のある女性らしいとお聞きになっていたから、舶来(はくらい)の薄茶色の紙に、気を遣って書かれている。
「あなたのお(うわさ)を聞いたら、どうしてもお手紙を差し上げたくなりました」
 入道は内心(ないしん)手紙が届くことを期待していた。思いどおりになったうれしさで使者(ししゃ)を派手にもてなす。

 恋文にはすぐに返事をするべきなのに、娘はずいぶん手間(てま)()っていた。入道が娘の部屋へ行って()かしたけれど、そもそも娘は書くつもりがない。
「気分が悪うございますので」
 と言って、物に寄りかかってぐったりしている。
<こんな立派なお手紙に、とてもお返事など書けない。田舎(いなか)くさい筆跡(ひっせき)も恥ずかしい。それに何より源氏の君と私では身分が違いすぎる>
 仕方なく入道は自分で書くことにした。
「娘は恐縮(きょうしゅく)しきってお返事も書けないようでございますが、きっとあなた様と同じ気持ちだと存じます。出家(しゅっけ)した者が恋文の代筆(だいひつ)など、でしゃばったことをいたしました」
 白い実用的な紙に書いてある。筆跡は古めかしいけれど風流(ふうりゅう)だった。源氏の君は苦笑いしながら、入道の使者に見事なご褒美(ほうび)をお与えになる。

 翌日の手紙は(うす)くて(やわ)らかい紙に美しくお書きになった。
「お返事が父君(ちちぎみ)の代筆とは驚きました。私は苦しんでいます。まだあなたに気持ちを伝えられるような関係ではないけれど、あなたへの思いが胸に積もってしまったのです」
 この手紙にときめかない娘などいるはずがない。ところが入道の娘は、すばらしいお手紙だと思う一方で、
<私のような田舎娘では、やはり()りあわない。私の存在などご存じないままでよかったのに>
 と涙ぐむばかりだった。

 (ちち)入道がうるさく責めるので、やっと筆を取る。お(こう)()きしめた紫色の紙に、(すみ)濃淡(のうたん)が美しく出るように書いた。
「噂をお聞きになっただけで思いが胸に積もることなどございませんでしょう」
 娘本人はまったく自信がなさそうだったけれど、筆跡も文章もすばらしい。都の高貴(こうき)姫君(ひめぎみ)たちにも負けないほど洗練(せんれん)されている。

 源氏の君は都での恋文のやりとりを思い出された。
<これはよい娘だ>
 とお認めになりつつも、あまり頻繁(ひんぱん)に手紙を送るのは人目(ひとめ)が気になる。二、三日おきに、退屈(たいくつ)な夕暮れ時や、しみじみとした明け方にお送りになった。
 娘からの返事には貴婦人らしさがある。
<田舎育ちとは思えない。本物の教養があって、自尊(じそん)(しん)も高いようだ。こんな人を自分のものにしないでいられようか>
 すっかりお気に召したけれど、気になるのは良清(よしきよ)のこと。
<まさか主人にかすめ取られるとは思っていないだろう。長年片思いしているらしいのに気の毒なことになる。入道が『源氏の君のお相手に』と言ってこの館に送りこんでくれれば、私が横取りしたことにはならないのだが>

 しかし娘は源氏の君の思いどおりにならない。高貴な姫君たち以上の自尊心だった。(はま)(やかた)へ来るようにと源氏の君がさりげなく手紙にお書きになっても、
<お手つきの女房になるなど絶対に嫌だ>
 とそっけないお返事をする。我慢(がまん)比べになった。
 あまりの人恋しさに、都から(むらさき)(うえ)を呼び寄せようかともお考えになる。
<しかし(みかど)がいつまでも私をお許しにならないことがあるだろうか。あと少しの辛抱(しんぼう)だと信じて、今さら人聞きの悪いことはしない方がよい>
 と思い直される。