翌日、明石の入道は肩の荷がひとつ降りたような気持ちで岡の館にいた。
するとそこへ、源氏の君から娘にお手紙が届いたの。
源氏の君は娘がなかなかに教養のある女性らしいと聞いていらっしゃったから、舶来の薄茶色の紙に、気を遣ってお書きになったわ。
「あなたのお噂を聞いたら、どうしてもお手紙を差し上げたくなりました」
入道は内心で、
<源氏の君からお手紙が届くかもしれない>
と期待していたから、思いどおりになったうれしさで、お手紙を届けた使者を派手にもてなしてから帰した。
恋文のお返事はなるべく早く送るべきよ。
でも、ずいぶん時間がかかっている。
入道は娘の部屋へ行って急かしたけれど、娘は書くつもりがなさそう。
「気分が悪うございますので」
と言って、物に寄りかかってぐったりしているの。
<こんな立派なお手紙に、とてもお返事など書けない。田舎っぽい筆跡も恥ずかしい。それに何より、源氏の君と私では身分が違いすぎる>
と思っているみたい。
入道は自分で書くことにした。
「娘は恐縮しきってお返事も書けないようでございますが、きっとあなた様と同じ気持ちだと存じます。出家した者が恋文の代筆など、でしゃばったことをいたしました」
とお返事した。
白い実用的な紙に書いてある。
筆跡は古めかしいけれど風流だったわ。
源氏の君は苦笑いしながら、入道の使者に見事な褒美の品をお与えになった。
次の日も源氏の君はお手紙をお書きになった。
「お返事が父君の代筆とは驚きました。私は苦しんでいます。まだあなたに気持ちを伝えられるような関係ではないけれど、あなたへの思いが胸に積もってしまったのです」
今回は、薄くて柔らかい紙に、甘く美しくお書きになった。
どんな若い娘だって、このお手紙にどきどきしないはずがないわ。
ところが入道の娘は、
<すばらしいお手紙だ>
とは思うものの、
<私のような田舎娘では、やはり釣り合わない。私の存在などご存じないままでよかったのに>
と涙ぐむばかりなの。
お返事を書くつもりはなかったのだけれど、父親の入道がうるさく責める。
仕方ないので、お香を焚きしめた紫色の紙に、墨の濃淡が美しく出るように書いたわ。
「噂をお聞きになっただけで、思いが胸に積もることなどございませんでしょう」
娘本人はまったく自信がなさそうだったけれど、筆跡も文章もすばらしいの。
都の高貴な姫君たちにも負けないような上手さよ。
源氏の君は思わず都での恋文のやりとりを思い出された。
<これはよい女だ>
と思うけれど、あまり頻繁にお手紙を送るのは人目が気になってしまわれる。
二、三日おきに、ご退屈な夕暮れ時や、しみじみとした明け方にお送りになる。
娘からのお返事をお読みになると、源氏の君は、娘のものの考え方や感じ方にご自分と似ている点があるとお思いになる。
<田舎娘とは思えない。本物の教養があって、自尊心も高いようだ。こんな女を自分のものにしないでいられようか>
と、すっかり気に入っていらっしゃるけれど、お気にかかるのは良清のこと。
<良清が長年片思いしているらしい。身分で言えば私より良清の方がお似合いで、良清もまさか主人にかすめ取られるとは思っていないだろう。私が手に入れてしまったら気の毒なことになる。入道が女房としてこちらに送りこんでくれれば、私が横取りしたふうにはならないのだけれど>
一方、娘の方は、高貴な姫君たち以上に自尊心が高い。
源氏の君は、「浜の館の方へ来るように」というようなことをさりげなくお手紙にお書きになるけれど、
<お手つきの女房になるなど絶対に嫌だ>
とそっけないお返事をする。
こうなったら我慢比べね。
そんなに人恋しくていらっしゃるなら、都から紫の上をお呼び寄せになったらよいと思うのよ。
源氏の君もそれはお考えだった。
<こっそり呼んでしまおうか。しかし、帝がいつまでも私をお許しにならないことなどあるだろうか。あと少しの辛抱だと信じて、今さら人聞きの悪いことはしない方がよいだろう>
と思い直された。
するとそこへ、源氏の君から娘にお手紙が届いたの。
源氏の君は娘がなかなかに教養のある女性らしいと聞いていらっしゃったから、舶来の薄茶色の紙に、気を遣ってお書きになったわ。
「あなたのお噂を聞いたら、どうしてもお手紙を差し上げたくなりました」
入道は内心で、
<源氏の君からお手紙が届くかもしれない>
と期待していたから、思いどおりになったうれしさで、お手紙を届けた使者を派手にもてなしてから帰した。
恋文のお返事はなるべく早く送るべきよ。
でも、ずいぶん時間がかかっている。
入道は娘の部屋へ行って急かしたけれど、娘は書くつもりがなさそう。
「気分が悪うございますので」
と言って、物に寄りかかってぐったりしているの。
<こんな立派なお手紙に、とてもお返事など書けない。田舎っぽい筆跡も恥ずかしい。それに何より、源氏の君と私では身分が違いすぎる>
と思っているみたい。
入道は自分で書くことにした。
「娘は恐縮しきってお返事も書けないようでございますが、きっとあなた様と同じ気持ちだと存じます。出家した者が恋文の代筆など、でしゃばったことをいたしました」
とお返事した。
白い実用的な紙に書いてある。
筆跡は古めかしいけれど風流だったわ。
源氏の君は苦笑いしながら、入道の使者に見事な褒美の品をお与えになった。
次の日も源氏の君はお手紙をお書きになった。
「お返事が父君の代筆とは驚きました。私は苦しんでいます。まだあなたに気持ちを伝えられるような関係ではないけれど、あなたへの思いが胸に積もってしまったのです」
今回は、薄くて柔らかい紙に、甘く美しくお書きになった。
どんな若い娘だって、このお手紙にどきどきしないはずがないわ。
ところが入道の娘は、
<すばらしいお手紙だ>
とは思うものの、
<私のような田舎娘では、やはり釣り合わない。私の存在などご存じないままでよかったのに>
と涙ぐむばかりなの。
お返事を書くつもりはなかったのだけれど、父親の入道がうるさく責める。
仕方ないので、お香を焚きしめた紫色の紙に、墨の濃淡が美しく出るように書いたわ。
「噂をお聞きになっただけで、思いが胸に積もることなどございませんでしょう」
娘本人はまったく自信がなさそうだったけれど、筆跡も文章もすばらしいの。
都の高貴な姫君たちにも負けないような上手さよ。
源氏の君は思わず都での恋文のやりとりを思い出された。
<これはよい女だ>
と思うけれど、あまり頻繁にお手紙を送るのは人目が気になってしまわれる。
二、三日おきに、ご退屈な夕暮れ時や、しみじみとした明け方にお送りになる。
娘からのお返事をお読みになると、源氏の君は、娘のものの考え方や感じ方にご自分と似ている点があるとお思いになる。
<田舎娘とは思えない。本物の教養があって、自尊心も高いようだ。こんな女を自分のものにしないでいられようか>
と、すっかり気に入っていらっしゃるけれど、お気にかかるのは良清のこと。
<良清が長年片思いしているらしい。身分で言えば私より良清の方がお似合いで、良清もまさか主人にかすめ取られるとは思っていないだろう。私が手に入れてしまったら気の毒なことになる。入道が女房としてこちらに送りこんでくれれば、私が横取りしたふうにはならないのだけれど>
一方、娘の方は、高貴な姫君たち以上に自尊心が高い。
源氏の君は、「浜の館の方へ来るように」というようなことをさりげなくお手紙にお書きになるけれど、
<お手つきの女房になるなど絶対に嫌だ>
とそっけないお返事をする。
こうなったら我慢比べね。
そんなに人恋しくていらっしゃるなら、都から紫の上をお呼び寄せになったらよいと思うのよ。
源氏の君もそれはお考えだった。
<こっそり呼んでしまおうか。しかし、帝がいつまでも私をお許しにならないことなどあるだろうか。あと少しの辛抱だと信じて、今さら人聞きの悪いことはしない方がよいだろう>
と思い直された。



