あれから強い雨風と(かみなり)が何日も続いていた。
悪夢(あくむ)も続いていらっしゃる。
源氏の君を気に入った海底の竜王(りゅうおう)が、使者(ししゃ)を出して源氏(げんじ)(きみ)を自分のところまで連れてこさせようとしている夢よ。

さすがの源氏の君もお気持ちが弱ってしまわれる。
<ここにいてよいものだろうか。都に戻りたいけれど、まだ(みかど)からお許しは出ていない。今戻れば、右大臣(うだいじん)は私をもっと遠いところへ流すだろう。いっそ山奥に入って死んでしまおうか。しかし、暴風雨(ぼうふうう)怖気(おじけ)づいて死を選んだらしいなどと(うわさ)されるのは嫌だ>
と思い乱れていらっしゃる。

都に残してきた方たちを思い出されて、
<私はこのまま死んで、もう二度と恋しい人たちに会えないのだろうか>
と心細くおなりになる。
せめて都からお手紙が届けばよいのだけれど、こんな(あらし)のなかをやって来る使者はいない。
と、お思いになった矢先(やさき)
なんと、二条(にじょう)(いん)(むらさき)(うえ)の使者が、命がけでやって来たの。

びしょ()れでぼろぼろになっている。
人かどうかも分からないような気の毒な姿に、源氏の君は思わず同情なさった。
女君(おんなぎみ)からのお手紙には、
「ご無事でいらっしゃいますか。都でも激しい雨風が続いておりますから、海に近い須磨(すま)はどれほどだろうかとご心配しております」
とある。

使者はがたがた震えながら申し上げる。
「この嵐は神様のお怒りのせいだと都では噂しております。お怒りを(しず)めるために仏教(ぶっきょう)儀式(ぎしき)を行うそうでございますが、都の道路はめちゃくちゃで、貴族の方たちも内裏(だいり)へお上がりになれません。政治が止まってしまっているようでございます。ただ、こちらのように地面に穴を開けるほどの(ひょう)までは降っておりません」
と、須磨の天候を恐がっているの。
源氏の君は都の様子を想像して、さらに心細くなってしまわれた。