野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

 ご出発の前日の夕方、源氏(げんじ)(きみ)桐壺(きりつぼ)(いん)のお墓参りへ行かれた。その前に入道(にゅうどう)(みや)の屋敷へお寄りになる。
 宮は(すだれ)越しではあるけれど、直接源氏の君とお話しなさった。源氏の君が都を離れてしまわれたら、いよいよ東宮(とうぐう)後見(こうけん)役がいなくなってしまう。それがとてもご心配そうだった。

 宮はあいかわらず優しく理想的な雰囲気(ふんいき)でいらっしゃる。昔の恋の(うら)(ごと)を言いたくなるけれど、源氏の君はぐっと我慢(がまん)なさる。
<申し上げれば宮はお嫌がりになるだろう。こちらとしても心(おだ)やかに出発できなくなる>
 思い直して同情していただけそうなお話だけをなさった。
無実(むじつ)(つみ)を着せられて須磨(すま)へ行くことになりました。しかしそれとは別に、かつて私はひとつだけ恐ろしい罪を(おか)したのです。あなた様はご存じですね。私自身にはどのような(ばつ)(くだ)ろうとも覚悟しております。それで東宮をお守りできるのなら」

 「恐ろしい罪」が何であるか、宮は当然お分かりになる。東宮の本当の父親は、亡き桐壺院ではなく源氏の君。これはふたりが絶対に(かく)しとおさなければならない秘密だった。
 宮は動揺(どうよう)なさってお言葉が出ない。源氏の君もさまざまな感情が入り乱れてお泣きになる。
「これから院のお墓に参って、都を離れるご挨拶(あいさつ)をいたします。何かお言伝(ことづて)はございますか」
 すぐに返事もできず、無理やりお心を落ち着かせておいでのようだった。
「院はもういらっしゃらないのに、あなたまで遠くへ行くとおっしゃって、出家(しゅっけ)したというのに泣いてばかりです」
 かろうじてやっとおっしゃった。
「院を失って、もうこれ以上の悲しみはないだろうと思っておりましたのに、次から次へと悲しいことが起きる世の中でございます」
 源氏の君も平静ではいられなくて、お心のうちがうまく言葉にならない。