野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

都を離れるにあたって、二条(にじょう)(いん)ではいろいろなご準備が行われている。
源氏(げんじ)(きみ)は、お屋敷に残って事務仕事をする家来(けらい)をお選びになった。
右大臣(うだいじん)様の勢いなどになびかない、信頼できる人たちよ。
その人たちがそれぞれ力を発揮(はっき)できるような組織もおつくりになったわ。
須磨(すま)にお(とも)する家来は、願い出た人たちのなかから、本当に親しい人だけを選んで連れていくことになさった。

須磨に持っていかれる物は、最低限の質素な日用品と、書物を入れた箱、あとは(きん)だけ。
豪華な家具やお着物はお持ちにならない。
須磨に溶けこむおつもりでいらっしゃるの。

二条の院にお仕えしている人たちに命令を出す権利や、源氏の君の個人的な財産の権利は、(むらさき)(うえ)にお預けになった。
お屋敷の倉庫にある貴重な品物は紫の上に差し上げて、管理の仕事は、信頼なさっている紫の上の乳母(めのと)と、しっかりした家来にお任せになる。

源氏の君のお部屋で働いている女房(にょうぼう)たちには、
「都に戻る可能性もないわけではない。待っていてくれる人は紫の上の離れへ行って、そちらで働いておくれ」
とおっしゃった。
そのなかで、ひそかに源氏の君にかわいがられている人たちは、この先どうしようか悩んでいた。
源氏の君がいらっしゃるからこそ、二条の院で女房(にょうぼう)(づと)めをしているわけだものね。
それでも結局、すべての女房たちが紫の上にお仕えすることになったわ。

左大臣(さだいじん)()でお育ちになっている若君(わかぎみ)の乳母や、花散里(はなちるさと)姫君(ひめぎみ)などにもお別れの贈り物をなさった。
芸術的な美しいお道具に加えて、日ごろの生活に役立つような実用的な物もお忘れにならないのが、源氏の君のすばらしいところよ。