花散里(はなちるさと)姫君(ひめぎみ)も心細く思って、たびたび源氏(げんじ)(きみ)にお手紙をお送りになる。
<それも当然だろう。あの人にも都を離れる前に一度会っておかなければ>
と、ご訪問なさったわ。
お別れのご挨拶(あいさつ)のためのご訪問だから、(こし)が重くなってしまわれる。
夜遅くなってからご到着なさった。

まず姫君の姉君(あねぎみ)である女御(にょうご)様にご挨拶(あいさつ)をなさる。
女御様は、
「このような寂しい家を、ご挨拶回りの行き先のひとつに入れてくださって、ありがたく存じます」
と穏やかにおっしゃる。
ご姉妹は長年源氏の君の経済的な支援を受けておられたのだけれど、今後はどうなってしまうのか心配になるような、ひっそりとしたお屋敷なの。

姫君は、
<私には会いにきてくださらないまま都を離れてしまわれるおつもりなのだろう>
と、しょげかえっていらっしゃった。
そこへとてもよい香りがただよってくる。
このすばらしい香りは間違えようがないわ。
源氏の君のお着物に()きしめた香りよ。

源氏の君はそっと姫君のお部屋にお入りになった。
姫君はお部屋の(はし)の方にお出になって、おふたりで美しい月をご覧になる。
お話をなさっているうちに、明け方近くになってしまったわ。
「夜が短くて残念です。こうしてお会いするのも最後かもしれません。もっと頻繁(ひんぱん)にお訪ねしていればよかったと()やまれます。悪い見本のような、足元(あしもと)の定まらない人生でしたから、あなたとの仲をじっくりと深めることもできませんでした」
とおっしゃっていると、明け方の(とり)が鳴きはじめた。
人目(ひとめ)につかないように急いで帰ろうとなさる。

月の光が姫君のお着物を明るく照らしている。
「あの月を、この(そで)に閉じこめられませんかしら」
こんなときでも花散里の姫君はおっとりと優しくおっしゃる。
源氏の君をご自分のお屋敷に閉じこめてしまいたいお気持ちは当然あるのよ。
でも、「行かないで」とはおっしゃらないの。
優しくほほえんで、源氏の君のなさることを受け入れる女君(おんなぎみ)でいらっしゃるから。

源氏の君は姫君をおなぐさめになる。
「月は沈んでもまた戻ってきますよ。しばらく姿を消すだけです。むやみにお泣きになってはいけません。つらくなってしまうだけですから」
そうおっしゃって、いよいよ夜が明けるころにお帰りになった。