野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

 花散里(はなちるさと)(きみ)も心細く思って、たびたび源氏(げんじ)(きみ)に手紙をお送りになる。
<それも当然だろう。あの人にも都を離れる前に一度会っておかなければ>
 夜遅くなってからお訪ねになった。まず姫君の(あね)女御(にょうご)にご挨拶(あいさつ)をなさる。
「このような(さび)しい家にまでお越しいただいて」
 女御はたいそうお喜びになった。ご姉妹は長年源氏の君の経済的な支援を受けていらっしゃる。今後はどうなってしまうのか心配になるような、ひっそりとした屋敷だった。
 ぼんやりとした月光が差してきた。庭には広い池があり、木立(こだち)()(しげ)っている。須磨で暮らす家はこんなふうだろうかと源氏の君は想像なさった。

 花散里の君は、
<私には会わないまま都を離れてしまうおつもりなのだろう>
 と思いこんでいらっしゃる。しょんぼりなさっているところに、すばらしい香りが(ただよ)ってきた。この香りは間違えようがない。
 源氏の君はそっと姫君の部屋の縁側(えんがわ)にお入りになる。姫君もおそばへ寄って、ふたりで美しい月をご覧になった。

 すぐに明け方近くになってしまった。
「夜が短いな。こうしてお会いするのも最後かもしれません。もっと頻繁(ひんぱん)にお訪ねしていればよかったと()やまれます。足元(あしもと)(さだ)まらない人生でしたから、あなたとの仲をじっくりと深めることもできませんでした」
 明け方の(とり)がうるさく鳴く。人目(ひとめ)についてはいけないと源氏の君はお気が()いた。
 月が山へ(しず)もうとしている。源氏の君も同じように消えてしまわれるのだと、姫君は悲しく思われる。

 月の光が姫君の着物を照らす。
「あの月を、この(そで)に閉じこめられませんかしら」
 あまりにつらそうなご様子だった。
「月は沈んでもまた戻ってきますよ。しばらく姿を消すだけです。むやみにお泣きになってはいけません。つらくなってしまうだけですからね」
 姫君を(なぐさ)めて、夜明け間際(まぎわ)にお帰りになった。