お暇を持て余して暮らしておられる源氏の君のところへ、三位中将様がお見舞いにいらっしゃった。
今は「宰相」というお役職に出世されて、名実ともに上流貴族の仲間入りをなさっている。
これからは「宰相中将様」とお呼びいたしましょう。
宰相中将様は、源氏の君のいらっしゃらない都をずっとつまらなくお思いになっていた。
<源氏の君が須磨へ行かれてもうすぐ一年になる。どうしてもお会いしたい。右大臣ににらまれたって構うものか>
と、突然お越しになったの。
おふたりは目が合った途端、ひさしぶりにお会いできたことがうれしくて涙を流される。
中将様は少し落ち着かれると、源氏の君のお住まいを見回された。
中国風に、まるで仙人でも住んでいそうな雰囲気につくられている。
源氏の君は灰色っぽい質素なお着物を着ていらっしゃる。
いかにも田舎の人の格好だけれど、すっきりとしてよく似合っておられた。
家具は飾り気がないものが最低限あるだけで、部屋を仕切るついたても少ない。
だから、中将様のお席からお部屋全体が見渡せてしまう。
囲碁などの遊びのお道具も田舎風に作らせたものを置いておられる。
その向こうには仏教の修行のときに使うお道具があった。
<ここで修行をして過ごしておられるのか>
と、中将様は胸が締めつけられるような思いがなさる。
源氏の君は地元のめずらしい食材を使って中将様をおもてなししようとなさる。
ちょうど漁師が獲れたものを届けにきていたので、お部屋の前のお庭にお呼びになる。
中将様は漁師とお話しになったことなどないから、家来を通じて暮らしのことをお尋ねになった。
漁師は、
「不安定でつらい暮らしでございます」
というようなお返事を申し上げる。
中将様は、
<この者も私も源氏の君も、何も変わらないのだな>
とお思いになって、ご褒美にお着物をお与えになった。
漁師はたいそう驚いて、
<生きていた甲斐があった>
と感動していたわ。
その後はおふたりで積もる話をなさる。
泣いたり笑ったりお忙しい。
「前左大臣邸でお育ちになっている若君ですが、六歳におなりになって、もうずいぶん大人っぽくお話しになりますよ。ただただ無邪気に過ごしていらっしゃるご様子が、父にはかえって悲しく思われるようです」
と中将様はおっしゃる。
ご立派な祖父君と祖母君に育てられているとはいえ、源氏の君は若君のことをお気の毒にお思いになった。
他にもいろいろなお話をなさりながら、一晩中、中国の詩を作って遊んでいらっしゃった。
<右大臣ににらまれたって構うものか>とお越しになった中将様だけれど、やはり長居はおできにならない。
朝になったら都へご出発なさるおつもりなの。
こんなに短い時間しかお会いできないと、余計に寂しくなってしまうわよね。
源氏の君は、
「悲しいお別れの杯です」
と、お酒の入った杯を中将様にお渡しになった。
早朝の空に雁が列をつくって飛んでいる。
「私もいつか都に戻れるでしょうか。帰っていかれるあなたがうらやましい」
とおっしゃると、中将様は帰りがたくて、
「悲しいお別れに心が乱れております。無事に都までたどりつけますかどうか」
とお返事なさる。
中将様は都からすばらしいお土産をお持ちになったので、源氏の君はお礼に黒い馬をお贈りになったわ。
「罪人からの贈り物など縁起が悪いと思われるかもしれませんが、威勢よくお帰りになれるおまじないですので」
とおっしゃる。
堂々とした見事な馬なの。
中将様はありがたくお思いになって、
「では、私からはこれを。私だと思っておそばにお置きください」
と、名品として有名なご愛用の笛をお贈りになった。
世間からまた何か言われることを恐れて、お互いに、そのくらいのささやかなことしかおできにならない。
今は「宰相」というお役職に出世されて、名実ともに上流貴族の仲間入りをなさっている。
これからは「宰相中将様」とお呼びいたしましょう。
宰相中将様は、源氏の君のいらっしゃらない都をずっとつまらなくお思いになっていた。
<源氏の君が須磨へ行かれてもうすぐ一年になる。どうしてもお会いしたい。右大臣ににらまれたって構うものか>
と、突然お越しになったの。
おふたりは目が合った途端、ひさしぶりにお会いできたことがうれしくて涙を流される。
中将様は少し落ち着かれると、源氏の君のお住まいを見回された。
中国風に、まるで仙人でも住んでいそうな雰囲気につくられている。
源氏の君は灰色っぽい質素なお着物を着ていらっしゃる。
いかにも田舎の人の格好だけれど、すっきりとしてよく似合っておられた。
家具は飾り気がないものが最低限あるだけで、部屋を仕切るついたても少ない。
だから、中将様のお席からお部屋全体が見渡せてしまう。
囲碁などの遊びのお道具も田舎風に作らせたものを置いておられる。
その向こうには仏教の修行のときに使うお道具があった。
<ここで修行をして過ごしておられるのか>
と、中将様は胸が締めつけられるような思いがなさる。
源氏の君は地元のめずらしい食材を使って中将様をおもてなししようとなさる。
ちょうど漁師が獲れたものを届けにきていたので、お部屋の前のお庭にお呼びになる。
中将様は漁師とお話しになったことなどないから、家来を通じて暮らしのことをお尋ねになった。
漁師は、
「不安定でつらい暮らしでございます」
というようなお返事を申し上げる。
中将様は、
<この者も私も源氏の君も、何も変わらないのだな>
とお思いになって、ご褒美にお着物をお与えになった。
漁師はたいそう驚いて、
<生きていた甲斐があった>
と感動していたわ。
その後はおふたりで積もる話をなさる。
泣いたり笑ったりお忙しい。
「前左大臣邸でお育ちになっている若君ですが、六歳におなりになって、もうずいぶん大人っぽくお話しになりますよ。ただただ無邪気に過ごしていらっしゃるご様子が、父にはかえって悲しく思われるようです」
と中将様はおっしゃる。
ご立派な祖父君と祖母君に育てられているとはいえ、源氏の君は若君のことをお気の毒にお思いになった。
他にもいろいろなお話をなさりながら、一晩中、中国の詩を作って遊んでいらっしゃった。
<右大臣ににらまれたって構うものか>とお越しになった中将様だけれど、やはり長居はおできにならない。
朝になったら都へご出発なさるおつもりなの。
こんなに短い時間しかお会いできないと、余計に寂しくなってしまうわよね。
源氏の君は、
「悲しいお別れの杯です」
と、お酒の入った杯を中将様にお渡しになった。
早朝の空に雁が列をつくって飛んでいる。
「私もいつか都に戻れるでしょうか。帰っていかれるあなたがうらやましい」
とおっしゃると、中将様は帰りがたくて、
「悲しいお別れに心が乱れております。無事に都までたどりつけますかどうか」
とお返事なさる。
中将様は都からすばらしいお土産をお持ちになったので、源氏の君はお礼に黒い馬をお贈りになったわ。
「罪人からの贈り物など縁起が悪いと思われるかもしれませんが、威勢よくお帰りになれるおまじないですので」
とおっしゃる。
堂々とした見事な馬なの。
中将様はありがたくお思いになって、
「では、私からはこれを。私だと思っておそばにお置きください」
と、名品として有名なご愛用の笛をお贈りになった。
世間からまた何か言われることを恐れて、お互いに、そのくらいのささやかなことしかおできにならない。



