野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

 とても明るい月が(のぼ)ってきた。
<今夜は十五夜(じゅうごや)だったか>
 こういう月夜には内裏(だいり)で音楽会が開かれた。(なつ)かしく思い出される。
<都でもこの月を(なが)めておいでだろう>
 あちこちの女君(おんなぎみ)のお姿を想像しながら、じっと月を見つめていらっしゃった。
「『月を見上げて遠くの人を思う』と昔の漢詩(かんし)にあるけれど、自分がそれをすることになるとは」
 今、一番お会いになりたいのは入道(にゅうどう)(みや)だった。恋しくて恋しくて泣いてしまわれる。
「もう夜が()けましたので」
 家来(けらい)が申し上げても寝室にお入りにならない。ずっと月をご覧になっている。
「月は()()けを繰り返す。私もいつか都で元の姿に戻れるだろうか。月のように遠く思われる都だけれど」

 (あに)(みかど)のことも恋しく思い出される。最後に親しくお話しなさった夜、帝は亡き桐壺(きりつぼ)(いん)にそっくりでいらっしゃった。帝は以前、何かのご褒美(ほうび)として、ご自分の着物を源氏の君にお与えになったことがある。その大切なお着物は須磨(すま)にも持参して、ずっとそばに置いていらっしゃった。
<いつかお許しくださる日は来るだろうか>
 お優しかった兄宮(あにみや)(した)うお気持ちは消えない。 
右大臣(うだいじん)皇太后(こうたいごう)の言いなりになって私をかばってくださらなかったとはいえ、帝を(うら)みきることなどできるはずがない。私を冷たくお扱いになったとしても、私の恋しい兄宮(あにみや)でいらっしゃる>