野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

 庭の花壇(かだん)に秋の花が咲き乱れた夕暮れ時、源氏(げんじ)(きみ)は海が見える廊下(ろうか)にお出になった。たたずむお姿は不吉(ふきつ)な気がするほど清らかで、この世の人ではないような雰囲気(ふんいき)がある。
 (あい)色の着物に帯をゆるく結んで、くつろいだ様子でお(きょう)を読んでいらっしゃる。ありがたいお声が(ひび)いていた。
 (おき)から漁師(りょうし)たちの歌が聞こえる。どこかに向かっていく小舟が、小さな鳥が心細そうに波間(なみま)(ただよ)っているように見えた。空には冬を越すために(わた)ってきた(かり)が、列をつくって飛んでいる。海の向こうの都を思い出してこぼれる涙を、源氏の君は黒い数珠(じゅず)をつけたお手でぬぐわれた。

「雁が悲しい声で鳴きながら飛んでいる。都の恋しい人たちからの伝言だろうか」
 源氏の君がおっしゃると、家来たちがつぎつぎと申し上げた。
「都のことを思い出させるような鳴き声でございますね」
「遠いところへ旅するつらさが、私にもやっと理解できました」
「仲間がいれば旅はつらいばかりではありませんよ」
 最後にけなげなことを言ったのは、源氏の君の家来ということで右大臣(うだいじん)に目をつけられ、内裏(だいり)での官職(かんしょく)(うば)われた人だった。父親は常陸(ひたち)(くに)の地方長官をしている。そちらについていくこともできたのに、あえて須磨へお供することを望んだ。心のうちで思い悩むことはあるだろうけれど、胸を張って源氏の君にお仕えしている。