野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

 須磨(すま)に秋が来た。風が人を悩ませるように吹いていく。
 屋敷は海から少し離れているけれど、夜にはすぐ近くに波音が聞こえた。つくづく(さび)しくなる雰囲気(ふんいき)だった。
 お供の人たちはどこかで寝ている。源氏(げんじ)(きみ)は寝られぬまま吹きつける風の音を聞いていらっしゃった。波音が恐ろしくて知らず知らずのうちに涙があふれる。
 起きて(きん)を少しお弾きになるけれど、その音もまたぞっとする音色で(ひび)く。
「波音が泣き声のようだ。恋しい人の泣き声が都から風に乗って届いているのだろうか」
 歌うようにおっしゃったお声で家来たちは目を覚ました。涙をこらえきれないらしい。遠慮(えんりょ)がちに鼻をかむ音が源氏の君のところまで聞こえた。