野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

いよいよ須磨(すま)へご出発の日。
昼間は(むらさき)(うえ)とのんびりお話をなさって、夜遅くなってからご出発になる。
自主的な謹慎(きんしん)中だから、下流貴族のような格好をなさっている。
「月が出てきました。もう少しこちらまで来て見送ってください。これからはお話ししたいこともすぐには話せなくなりますね。一日(いちにち)二日(ふつか)会えないだけでも落ち着かないのに」
女君(おんなぎみ)にお願いなさった。

女君は泣き沈んでいらっしゃるの。
それでもなんとかお部屋の(はし)まで出ておいでになった。
月明かりに照らされてとてもお美しい。
<私が都を離れたら、この人はどうなってしまうのだろうか>
と苦しくなるけれど、それを口には出されない。
女君がもっとつらくなってしまわれるものね。

「昔、死ぬまで一緒ですよなどとお約束したけれど、まさか生き別れる運命があるとは思いませんでしたね」
と、わざと冗談(じょうだん)のようにおっしゃる。
女君はかろうじて、
「あなたをお引きとめできるなら、私の命など短くなったってよいのに」
とだけお返事なさった。

<この人を見捨てることなどできない>
とお思いになるけれど、夜が明けてから出発するのは人目(ひとめ)が気になるから、すぐにご出発なさったわ。