野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

早朝に二条(にじょう)(いん)にお戻りになって、東宮(とうぐう)様にお別れのお手紙をお書きになった。
潔白(けっぱく)とはいえ自主的に謹慎(きんしん)している身でいらっしゃるから、東宮(とうぐう)()てにするのは遠慮して、おそばの女房(にょうぼう)に宛ててお送りになる。

「今日、都を離れます。東宮様にお目にかからないまま出発することが、何よりもつらく思われます。いつかまた都の桜を見ることがあるでしょうか。東宮様にお会いできる日が来るでしょうか。もはや難しいかもしれません。この悲しみを、どうぞうまく東宮様にお伝えください」
お手紙は、花が散ってしまった桜の枝に結びつけてあった。

受けとった王命婦(おうのみょうぶ)という女房は、東宮様の父親の秘密を知っている人よ。
源氏(げんじ)(きみ)からこのようなお手紙が届きました」
と、東宮様にお目にかける。
東宮様は八歳。
お小さいけれど事情はなんとなくご理解されて、つらそうなお顔をなさっているの。

王命婦が、
「お返事はいかがいたしましょうか」
とお尋ねすると、
「しばらく会えないだけでも恋しくなるのに、遠くに行ってしまったらもっとさみしくなってしまうではないか、と伝えよ」
とおっしゃる。

東宮様といえどもいかにも子どもらしいお返事で、いっそう(もの)(がな)しい。
王命婦は、
入道(にゅうどう)(みや)様も源氏の君も、何のお悩みもない人生がお約束されていたというのに、何をどうして許されない恋に苦しまれたのだろうか。しかも、(おろ)かな私が源氏の君を宮様のご寝室に手引きしたせいで、この東宮様までお生まれになった。私がおふたりのお苦しみを増やしてしまったのだ>
と胸を痛めている。

お返事は王命婦が書いた。
「東宮様にお伝えいたしました。心細そうにしていらっしゃって、大変お気の毒でございました。いつかきっと都にお戻りになる日はまいりましょう。桜も東宮様もお待ちになっていますよ」