野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

お墓にお参りになると、源氏(げんじ)(きみ)は亡き上皇(じょうこう)様のお姿をありありと思い出された。
それでも亡くなった方は何もおっしゃらない。
たとえ上皇様であってもね。
「あれほど言い残しておかれたご遺言(ゆいごん)は破られてばかりです。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか」
と泣きながらお尋ねになるけれど、お返事はない。

お墓の周りは木々がうっそうとしている。
月が雲に隠れてしまったから、あたりは()暗闇(くらやみ)
源氏の君が手をあわせていらっしゃると、上皇様の面影(おもかげ)が暗闇にはっきりと浮かんだ。
思わずぞくりとなさる。
(てん)からご覧になっていると思っておりましたが、こちらにいらっしゃったのですね。今の私の情けない姿を、どうお思いでございますか」
とつぶやかれると、上皇様はお悲しみともお怒りともつかないお顔をなさって、すっと姿を消してしまわれた。