野いちご源氏物語 一二 須磨(すま)

 源氏(げんじ)(きみ)は悩んでいらっしゃった。もはや世間はおもしろくないことばかり。右大臣(うだいじん)皇太后(こうたいごう)によって政界(せいかい)から()め出され、数々の嫌がらせをお受けになっている。気づかないふりももう限界だった。
<これ以上ひどいことになる前に、摂津(せっつ)(くに)須磨(すま)あたりに引っ越そうか。反省の姿勢を見せれば、いくら右大臣でもさらに追い打ちをかけることはできないだろう>
 この当時の須磨には人がほとんど住んでいない。
<反省して都から離れるという建前(たてまえ)なのだから、静かなところの方がふさわしい。かといってあまり都から遠いと(むらさき)(うえ)が心配だ>
 見苦しいほど悩んで、やはり須磨だろうとお決めになる。

 これまでのことを思い出し、この先が不安になって、いろいろとお悲しい。こんな世間など()(かぎ)ったおつもりでも、捨てがたいものは多かった。
 一番のご心配は、やはり(むらさき)(うえ)のこと。もう十八歳だから事情を分かった上で(なげ)いていらっしゃる。これまではいつも一緒のご夫婦だった。源氏の君はほんの一日(いちにち)二日(ふつか)留守にしただけでも紫の上がお気にかかるし、女君(おんなぎみ)も心細そうになさっていた。

<何年()ったら都に戻れると決まっているわけでもない。二度と会えないかもしれないのだ。ひそかに連れていこうか。だが須磨は(さび)しい海辺だと聞く。こんなにかわいらしい人を連れていくのは気の毒だ。都に置いておくよりも、かえって心配になってしまうだろう>
 そう思い直していらっしゃるけれど、紫の上は、
「どんなところへでもあなたとご一緒ならば」
 とおっしゃる。しかし源氏の君はお認めにならないから、紫の上はつらく(うら)んでいらっしゃった。