野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

だんだんと空が明るくなってきた。
源氏(げんじ)(きみ)御息所(みやすんどころ)は、一晩中語り合われたわ。
お互いにもう思い残すことはないご様子よ。
源氏の君は御息所のお手をとって、
「あなたと別れる明け方はいつも悲しいものでしたが、今朝はこれまでにないほどつらい」
とおっしゃる。

冷ややかな風が吹いて虫の()も美しい。
お手を離すことなどできそうにない雰囲気なの。
「私もそのように思いますが、虫の音のせいでございましょう」
御息所はお気を強くもっておっしゃる。
お手を離すのはご自分からだと決めていらっしゃった。
源氏の君に捨てられたのではなく、ご自分が源氏の君を捨てて伊勢(いせ)へ行くのだから、と。

源氏の君は完全に夜が明けてしまう前にご出発なさる。
後ろ姿がとても悲しそうでいらっしゃったわ。
御息所も張りつめていたお気持ちがゆるんで、ぼんやりとお見送りになった。
若い女房(にょうぼう)たちは、神聖なお屋敷にふさわしくないほど興奮している。
「お姿も(のこ)()もすばらしいわ。あのような恋人がいらっしゃるのに、どうして御息所は伊勢へ行こうなどとお思いになれるのかしら」
と、自分のことのように涙ぐんでいた。