野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

源氏(げんじ)(きみ)御息所(みやすんどころ)を恋人になさってからというもの、
<まさか私から離れていかれることはないだろう>
と、何年も甘く見て、それほど大切にしていらっしゃらなかった。
でも内心では、申し訳ないことをしているという後ろめたいお気持ちもおありだったのでしょうね。
奥様が亡くなったのは御息所の妖怪(ようかい)のせいだと思いこんでしまわれるくらいだもの。
御息所が妖怪になってしまったとしたら、その原因は源氏の君の冷淡(れいたん)さのせいなのだけれど、源氏の君はそこは(たな)に上げてしまわれる。
奥様を亡くされてからは、ただ御息所を気味悪く、(うと)ましくお思いになっていた。

でも今思い出されるのは、御息所を恋人にしたいと必死になっておられたころのことなの。
ひさしぶりに御息所にお会いになると、あのころのことが一気によみがえる。
<私たちの関係はこれからどうなってしまうのだろう>
と思うと、心細くて泣いてしまわれた。

御息所もお泣きになっている。
泣いていることを隠そうとはしておられるけれど、源氏の君は気づいていらっしゃる。
「やはり伊勢(いせ)へは行かないでください」
とお願いなさるの。
おふたりで月の沈んだ空を見上げながら、源氏の君は必死に説得しようとなさる。
御息所がまだ、恋人になってくださる前のころのような必死さよ。
御息所の長年の(うら)みは解けていったけれど、
<このまま伊勢へ行ってしまってよいのだろうか>
というお悩みは消えなかったみたいね。