野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

右大臣(うだいじん)様はもともと我慢(がまん)ということができないご性格なの。
お年をとられてからは、さらに気が短くなっておられる。
すぐに皇太后(こうたいごう)様にご報告なさったわ。
「たった今、源氏(げんじ)(きみ)尚侍(ないしのかみ)の部屋にいるところを見つけてしまった。あのふたりはまだ関係が続いていたらしい。私の屋敷に(しの)びこんで、まるで婿(むこ)のようにくつろいでいたよ。正気(しょうき)とは思えぬ。
五年前にふたりの関係が明らかになって、尚侍は今の(みかど)とのご結婚が破談(はだん)になった。私は源氏の君に対してもっと厳しく出てもよかったのだが、(つみ)を許して婿にしてやろうと言ったのだ。それをあっさり断ったくせに、その後も関係が切れていなかったとは。
あの不祥事(ふしょうじ)さえなければ、(ひめ)女官(にょかん)ではなく(きさき)として内裏(だいり)に上がらせられた。それでも帝は姫を愛して、尚侍にまで出世させてくださったのだ。その姫を、源氏の君はまだ自分の女として扱うつもりか。
どうやら源氏の君には帝に逆らう気持ちがあるらしい。恐れ多いことに、賀茂(かも)神社(じんじゃ)斎院(さいいん)にも恋文を送っているという(うわさ)がある。神聖な斎院や、帝に愛されている姫に手を出すのは、源氏の君が帝を軽んじている証拠(しょうこ)だろう。まさかこれほど非常識なことをするとは思っていなかった」

皇太后様は父君(ちちぎみ)である右大臣様よりもさらに激しいご性格なので、お話を聞いて激怒なさった。
「なんということ。帝はお気の毒な方ですよ。昔から皆、帝より弟の源氏の君の方を持ち上げるのですもの。引退した左大臣(さだいじん)だってそうだったでしょう。帝がまだ東宮(とうぐう)様でいらっしゃったころ、一人娘を東宮様ではなく、まだ幼い源氏の君の正妻(せいさい)にした。
その源氏の君が、父君や私が妃にしようと大切にしていた姫に手をつけてしまわれたのです。あのとき父君は、源氏の君に厳しい態度をおとりになるべきでした。婿にしようだなんて生ぬるいことをおっしゃったところから、あの姫の人生は転落しはじめたのですよ。あっさり断ってきた源氏の君を見返してやろうと、私は姫の女官としての人生を応援していましたが、姫本人には伝わらなかったようですね。今も昔も源氏の君に夢中なのですもの。
それだから、源氏の君は余計(よけい)に帝を馬鹿(ばか)にしているのです。賀茂神社の斎院との噂だって事実に決まっていますよ。源氏の君は東宮の後見(こうけん)役ですから、早く東宮が帝になればよいのにと思っているのでしょう」

右大臣様は皇太后様のあまりのお怒りに驚いて、
「まぁ、そうひどく言うでない。今回のことはしばらく内密(ないみつ)にして、帝にもお伝えなさるな。尚侍は帝のご愛情に甘えているのだ。そなたから尚侍に注意しておくれ。それで駄目(だめ)なら、私が父親として責任をとる」
とあわてておっしゃった。
深く考えもせずに皇太后様に報告したことを後悔していらっしゃったわ。

皇太后様のお怒りは収まらない。
<私が右大臣(うだいじん)(てい)にいることを知りながら(しの)びこんでくるなんて、源氏の君はどれだけ私たちを馬鹿にしているのだ。あぁ、腹が立つ>
と、(おうぎ)でひじ置きをしきりにお(たた)きになる。
しばらくするとその音がやんで、皇太后様はにやりとなさった。
<しかしうまくやれば、これは源氏の君を打ちのめすよいきっかけになるかもしれぬ>
不敵にほほえまれたまま、あれこれと考えをめぐらせて計画を立てていかれる。