野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

年が明けた。
内裏(だいり)では華やかな宴会(えんかい)が開かれているけれど、中宮(ちゅうぐう)様はご出席なさらない。
尼君(あまぎみ)としてずっと修行(しゅぎょう)をなさっているの。
お屋敷の敷地のなかに修行用の建物をお造りになって、そこにこもって熱心にお(きょう)を読むなどしていらっしゃる。

源氏(げんじ)(きみ)が新年のご挨拶(あいさつ)にいらっしゃった。
お正月なのに、中宮様のまわりはのんびりとして人気(ひとけ)も少ない。
お仕えしている中宮係の役人たちは、気のせいかしら、なんとなく元気がないわ。
やはり役人としては、勢いのある方にお仕えする方が張り合いがあるものね。

中宮様はご出家(しゅっけ)されてもまだ中宮としての扱いを受けていらっしゃって、内裏から白馬(あおうま)がやって来た。
それだけがお正月らしい儀式で、見物(けんぶつ)した女房(にょうぼう)たちは、少し晴れやかな気持ちになったようだったわ。
これまではたくさんの貴族たちが新年のご挨拶にいらっしゃっていたのに、今年はまったく。
中宮様のお屋敷の前を()(どお)りして、向かいの右大臣(うだいじん)(てい)にぞろぞろと入っていかれるの。
それも当然でしょうけれど、やはり寂しいものよね。
そんなところへ源氏の君がご挨拶にいらっしゃったから、
<千人の貴族にも負けない頼もしさだ>
と中宮様は涙ぐまれた。

客席にお座りになった源氏の君は、寂しいお屋敷のなかをご覧になると、すぐには何もおっしゃれない。
家具などがすっかり尼君(あまぎみ)用の地味なものになってしまっているの。
近くにお仕えしている女房たちも出家していて、(あま)用の色の着物を着ている。
いくら上品で奥ゆかしくても、やはり悲しいわね。

春など来ないのではないかと思われるようなお屋敷のご様子だけれど、お庭にはきちんと春がやって来ていた。
お池の氷はすっかり解けて、(やなぎ)の木には新芽が出る気配がある。
源氏の君は懐かしくご覧になって、
「よいお住まいですね。さすが中宮様でいらっしゃる」
と静かにおっしゃった。

「ここで毎日お悩みになっておられるのですね」
と心配そうにおっしゃると、中宮様は意外とお近くでお返事をなさった。
「何もかもすっかり変わって寂しい身の上になりました。あなた様にお越しいただいてありがたいことです」
お部屋の奥の方には仏像(ぶつぞう)を置いていらっしゃるから、中宮様のお席は客席に近い。
ほのかにお声を聞くと、源氏の君は我慢しようとなさっても涙があふれるの。
でもここは尼君たちの修行の場よ。
恋心で泣いてよい場所ではない。
結局、あまりお話もなさらずにお帰りになってしまったわ。

年老いた女房たちは泣きながら源氏の君をほめる。
「もう二十五歳でいらっしゃいましょう。本当にお美しくご立派に成長なさいましたね」
「亡き上皇(じょうこう)様に特別にかわいがられて、勢いだけで世間を渡っていらっしゃったときは、正直なところご将来を心配しておりましたけれど」
「勢いを失われた今の方が、人としての深みが出てご立派になられましたよ」
「何かにつけて悲しそうなお顔をなさるのが、お気の毒で」
女房たちでもこれだけ思うところがあるのだもの。
中宮様もいろいろとお感じになったでしょうね。