野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

源氏(げんじ)(きみ)二条(にじょう)(いん)にお帰りになっても、(むらさき)(うえ)のいらっしゃる離れには行かず、ご自分のお部屋に引きこもっていらっしゃる。
世の中が何もかも嫌になってしまわれて眠れないの。
ただ東宮(とうぐう)様のことだけをお気の毒にお思いになる。
<亡き上皇(じょうこう)様は、東宮様の後見(こうけん)が弱いことを心配なさって、母君(ははぎみ)中宮(ちゅうぐう)という高い(くらい)になさったのだ。しかしご出家(しゅっけ)してしまわれた以上、中宮の位のままではいらっしゃれない。母君は内裏(だいり)でのお力を失い、その他のご親族は皇族だから後見はできないとなると、私ひとりで東宮様の後見をしなければ>
と悩み続けていらっしゃる。

それでも源氏の君は細々(こまごま)としたことによくお気がついて、
「ご出家なさったのだから、尼君(あまぎみ)用の家具がご必要だろう。年内にお届けせよ」
と手配なさる。
中宮様と一緒に出家した女房(にょうぼう)にもお見舞いをお届けになったわ。
もっと細かいこともいろいろあったでしょうし、しみじみとしたお手紙のやりとりなんかもあったでしょうね。

源氏の君が中宮様をお訪ねになると、中宮様はたまに、女房を通さず直接お話をなさるようになった。
尼君になられたことで、恋愛の世界から完全に抜け出されたの。
だからといって源氏の君の恋心が急に消えるわけでもない。
でも、もう尼君でいらっしゃるから、どんなに熱い恋心も届かないのよ。