野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

源氏(げんじ)(きみ)はお屋敷近くのお庭にお入りになると、お(とも)に、
「私が参っていることを御息所(みやすんどころ)女房(にょうぼう)にお伝えせよ」
とお命じになる。
すぐに楽器の音がやんで、源氏の君の応対をする準備が始まったわ。
女房が源氏の君のお席をご用意しようとすると、御息所はそれをお止めになった。
源氏の君をお庭に立たせたまま、女房を通じて源氏の君とお話をなさる。

<直接話してはくださらないのか。それでは何もお伝えできない>
とお思いになって、
「こんなふうに線をはっきりとお引きにならないでください。私の胸にあるものを、すべてお話ししたいのです」
と丁寧にお願いなさる。

女房たちは、
「源氏の君ほどのご身分の方を庭先(にわさき)に立たせたままでは、恐れ多うございます」
と御息所に申し上げる。
<そうは言っても、このような神聖な場所で恋人に会うなんて。女房たちに示しがつかないし、奥のお部屋にいらっしゃる姫宮(ひめみや)だってあきれてしまわれるだろう>
とお思いになるけれど、はっきり断ることもおできにならない。
仕方がないとご自分に言い聞かせ、お気持ちを落ち着かせて、そっとお部屋の(はし)まで出ていらっしゃった。

源氏の君は御息所の動きを感じ取って、
「上がってよいとお許しいただけたのでしょうか」
と、お庭から()(えん)に上がってお座りになった。
とはいえ御息所と源氏の君の間には縁側(えんがわ)があって、ついたても置いてある。
月明かりが照らす源氏の君は、たとえようもないほどお美しい。
源氏の君は、
<あれこれ言い訳をしても、御息所のお心には届かないだろう>
と分かっていらっしゃったから、(さかき)の枝をついたての下から差し出された。
「私の気持ちは、この榊の葉の色のようにずっと変わっていません。だからこそこのような神聖な場所までやって来てしまったのです。お分かりいただけませんか」

御息所は、
「神聖な場所でそのようなことをおっしゃってはなりません。どうして榊など持っていらっしゃったのですか」
とつれないの。
でも、源氏の君はあっさりと引き下がることはなさらない。
「新斎宮(さいぐう)がいらっしゃるのですから、神様へのお(そな)(もの)である榊を差し上げたいと思っただけですよ」
と優しくおっしゃると、ついたてをずらしてしまわれた。