野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

月が美しい夜になった。
(みかど)はまだ源氏(げんじ)(きみ)と一緒にいたいとお思いになるけれど、源氏の君は中宮(ちゅうぐう)様をお気になさる。
「中宮様が今夜、内裏(だいり)からご実家へお下がりになるそうでございますので、私はこれで失礼させていただきまして、そちらに参ろうと存じます。上皇(じょうこう)様のご遺言(ゆいごん)もございますから、東宮(とうぐう)様と中宮様にはできる限りお仕えするつもりでおります」
と申し上げる。

帝はおうなずきになって、
「上皇様は東宮を私の養子(ようし)にするようご遺言なさったけれど、あの皇子(みこ)は幼くてもしっかりなさっているし、そなたも後見(こうけん)しているのだから、そこまですることはないと思っている。もちろんいつも気にかけてはいるが、ご筆跡(ひっせき)などを見ると将来が楽しみな人だよ。私などよりよほど立派な帝になられるだろう」
とおっしゃる。
「ご年齢のわりに賢く大人びてはいらっしゃいますが、やはりまだ幼い方ですので」
と源氏の君は少し具体的なことをお話しになってから、帝の前からお下がりになったわ。

帝はあいかわらずお優しいご様子だったけれど、源氏の君は、ひさしぶりの内裏の雰囲気がこれまでとは違うことをお感じになっていた。
なんというか、源氏の君に対してよそよそしいの。

はっきりと態度に表す方もいた。
中宮様のお部屋へ行かれる途中、源氏の君は右大臣(うだいじん)様の孫君(まごぎみ)とすれ違われたの。
ご身分はまだ源氏の君ほど高くはないけれど、右大臣様や皇太后(こうたいごう)様にかわいがられて勢いのある若者よ。
その怖いもの知らずの若者が、すれ違いざまに源氏の君に言ったの。
「あなた様にとってはつまらない時代でしょうね」
源氏の君がはっとそちらをご覧になると、にやりと笑って続ける。
「東宮様の時代が早く来ればよいと、何か(たくら)んでいらっしゃるのでは」

源氏の君は<失礼な>とお思いになったけれど、調子に乗った若者相手に喧嘩(けんか)をしても(とく)にはならないから無視なさる。
<右大臣や皇太后がやりたい放題だから、右大臣家の関係者は、あんな若者まで偉そうに威張っているのだろう。なんと嫌なことだ>
とお思いになっていたわ。