野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)

源氏(げんじ)(きみ)がお泊まりになっているお寺は、賀茂(かも)神社(じんじゃ)斎院(さいいん)のお住まいに近い。
源氏の君は朝顔の斎院にもお手紙をお書きになったわ。
少し薄い緑色の上等な紙に、
「あなた様が斎院という神聖なお立場におなりになる前に、私のものにしてしまえばよかったと()やまれます。昔のことを思い出すと、そのようにできなかったわけでもないと思うのですが」
と、ずいぶん()()れしくお書きになった。
神様にお(そな)えする(さかき)の枝を添えて、見た目だけは斎院にふさわしくしてお届けになる。

朝顔の斎院は、
「何を思い出しておられるのでしょう。私たちがそのような関係だったことはございませんよ」
と冷たくお返事なさる。
<ご筆跡(ひっせき)はお見事だが、堅苦しい感じがするのはわざとだろうか。それにしてもますます字がお上手になっていかれる。ご本人もさぞかし美しくご成長されているだろう>
と、神様にお仕えする斎院に対して(ばち)()たりなことをお思いになっていたわ。
<そういえば去年の今ごろ、六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)斎宮(さいぐう)におなりになった姫宮(ひめみや)伊勢(いせ)へ行かれたのだった。伊勢(いせ)神宮(じんぐう)といい、賀茂(かも)神社(じんじゃ)といい、神様は私の恋の邪魔ばかりなさる>
と、これまた罰当たりなことをお考えになる。

そもそも朝顔の斎院は源氏の君の従妹(いとこ)でいらっしゃる。
もし斎院に選ばれる前に源氏の君がご結婚を希望なさっていれば、斎院の父宮(ちちみや)も反対はなさらなかったはずよ。
そのころははっきりと希望をおっしゃらなかったのに、斎院におなりになった今になって()やんでおられるのだもの。
やはり簡単に手に入れられないところに()かれてしまわれるのでしょうね。
朝顔の斎院も、昔からの文通相手としてたまにはお手紙にお返事をなさる。
斎院は一途(いちず)に神様にお仕えするお役職だから、本当はいけないことなのだけれど。