野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)

源氏(げんじ)(きみ)のような方に興味をもたれるのは、女性にとってどうなのかしら。
最初はうれしくてどきどきするかもしれないけれど、だんだんと面倒なことになって、最終的には嫌な思いをすることも多そうよね。
私には源氏の君からお声がかかることなんてないから、他人事(ひとごと)として冷静に考えられるのかもしれないけれど。
でもね、源氏の君からお声をかけられた姫君(ひめぎみ)でも、そんなふうに冷静に考えていた方がいらっしゃったの。

それは、上皇(じょうこう)様の弟宮(おとうとみや)のおひとりであられる、式部卿(しきぶきょう)(みや)様の姫君。
覚えていなくても全然構わないのだけれど、紀伊()(かみ)の屋敷に源氏の君が行かれたとき、女房(にょうぼう)たちがひそひそと噂話をしていたのよね。
「源氏の君が皇族の姫君に、朝顔を添えてお手紙をお送りになった」というようなことを。
それはこの姫君のことだったの。
「朝顔の姫君」とお呼びいたしましょうか。

源氏の君は十代のころから、この朝顔の姫君が気になっていらっしゃった。
源氏の君がお手紙を差し上げても、めったにお返事はくださらない。
たまにいただけるお返事からは、聡明で落ち着いたお人柄と、風情(ふぜい)を理解しておられることが伝わってきたわ。
(みや)様の姫君という高いご身分だから、左大臣(さだいじん)様の姫君以上のご正妻(せいさい)になることだってできたはずよ。
でも、朝顔の姫君は源氏の君になびこうとなさらなかった。
源氏の君の女性関係を、いろいろとご存じだったのでしょうね。
近ごろは六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)の噂をお聞きになって、
<私はそんなふうにはなりたくない>
とますます強くお思いになる。
源氏の君は簡単には手に入れられない女性を好まれるから、あの手この手で朝顔の姫君を口説こうとなさるのだけれど。