野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)

元日、源氏(げんじ)(きみ)上皇(じょうこう)様、(みかど)東宮(とうぐう)様のところへ新年のご挨拶に上がられる。
それから左大臣(さだいじん)(てい)へ行かれた。
左大臣(さだいじん)様は、姫君(ひめぎみ)を亡くされた悲しみから今も抜け出せずにいらっしゃったの。
そこへ源氏の君がお越しになったから、うれしいのだけれど、姫君を思い出して余計に悲しくもなってしまわれた。

二十三歳におなりになった源氏の君は、ご立派な青年らしい貫禄(かんろく)がついて、今まで以上にお美しくなられている。
奥様と過ごされたお部屋にお入りになると、なつかしい女房(にょうぼう)たちに囲まれて、若君(わかぎみ)がいらっしゃったの。
若君は寝返りを打つかどうかというところでいらっしゃる。
しばらくお会いにならないうちにずいぶんご成長なさって、にこにこと笑っておられるのがおかわいらしい。
目元も口元も東宮様そっくりでいらっしゃるので、
<もっと成長して人前に出るようになったら、誰かに気づかれてしまうのではないか>
と源氏の君は不安になってしまわれる。

お部屋のなかは以前のままだった。
美しい男物(おとこもの)のお着物がかけてある。
奥様の母君(ははぎみ)が源氏の君のためにご用意しておかれたものよ。
本当ならとなりに奥様用のお着物もかけてあるはずなのに、そちらはないのが悲しかったわ。

母君からお手紙が届いた。
「おめでたい日ですから泣かないように耐えていたのですけれど、あなたがいらっしゃって、ついに耐えられなくなりました。元日のお着物をご用意しました。近ごろは涙で目がよく見えませんので、色合いもよくないかもしれませんが、どうぞお許しになってお召しくださいませね」
とあって、かけてあるお着物の他にも、たくさんのものをお届けになったわ。

どれもこれも、色合いも生地も特別ですばらしいの。
母君の源氏の君への思いが伝わってくる。
「これは着ないわけにはいかない」
と、すぐにお着替えなさったわ。
<それにしても、もし私が今日こちらへ伺わなかったら、どれほどがっかりなさったことだろう。伺ってよかった>
とお思いになる。

母君へのお礼のお手紙をお書きになった。
「新年はまず母君にお目にかかるつもりでございましたが、こちらのお屋敷に参りますと思い出されることが多すぎて、何も申し上げられそうにありません。姫君とご結婚してからずっと、元日の私の着物は母君がご用意してくださっていましたね。それを着て涙を流す日が来るとは、夢にも思っておりませんでした。悲しくて心が乱れます」

母君からは、
「古めかしい年寄りの涙ばかりが降る新年でございます」
とお返事があったわ。
どなたにとっても悲しい年明けだった。