野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)

六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)は奥様のご出産の噂をお聞きになった。
<命も危ないようなことを源氏(げんじ)(きみ)はおっしゃっていたのに、ご無事でご出産とは>
と、暗い感情がわきあがる。
こんな感情、ご自分ではないみたいよ。
それになんだか、お着物から妙なにおいがするような気がなさるの。
妖怪(ようかい)退治のお祈りのときに、僧侶(そうりょ)が燃やす植物のにおいのような。

御息所(みやすんどころ)はぞっとなさって、お着物を替え、お(ぐし)までお洗いになった。
それでも植物のにおいは消えない。
女房(にょうぼう)たちは何も言わないの。
<このにおいに気づいているはずだ。どう思っているだろうか。しかし、こちらから聞くのも>
とおひとりで悩んでいらしゃると、ますますご気分が滅入(めい)ってくる。

源氏の君は、奥様のご出産がすんでようやく気持ちが落ち着かれた。
<御息所をお訪ねしなければ>
と思ってはいらっしゃるけれど、あの妖怪のことを思い出すとお訪ねする気にはなれない。
お手紙だけをお送りになっていた。

奥様は大変なご病気からの回復途中でいらっしゃる。
源氏の君は他の恋人のところへも行かずに、ずっと左大臣(さだいじん)(てい)でお暮らしになっていた。
若君(わかぎみ)がとてもおかわいらしいので、左大臣(さだいじん)()の方たちは大切にお世話なさっているわ。
左大臣(さだいじん)様は待望の孫君(まごぎみ)のご誕生に大よろこびなさっている。
姫君(ひめぎみ)がなかなかご回復されないことだけがお気がかりだけれど、
<あれほどひどい病気だったのだから、すぐに回復とはいかないのであろう>
と思っておられた。