野いちご源氏物語 〇六 末摘花(すえつむはな)

年末が近づいた。
源氏(げんじ)(きみ)内裏(だいり)桐壺(きりつぼ)にいらっしゃると、大輔(たいふ)命婦(みょうぶ)が大きな箱を持ってやって来たの。
「実は」
と申し上げたまま、苦笑いをして少し迷っている。
「どうした。今さら私に隠す事などないだろう」
と源氏の君がおっしゃると、命婦は、
常陸(ひたち)(みや)様の姫君(ひめぎみ)から源氏の君に、お届け物があるのでございます」
と言って、お手紙をお渡ししたわ。
「なんだ。そんなもの隠す必要もない」
と笑って源氏の君はお手紙を広げてご覧になるのだけれど、命婦ははらはらしている。
どう見ても恋文には立派すぎる分厚い紙なの。
それでもよい香りがつけてある。
古風なご筆跡(ひっせき)で、
「あぁ、唐衣(からごろも)。あなた様がご冷淡なので、私は悲しくて泣いております」
と書いてあったわ。
源氏の君は意味が分からず、頭をお抱えになった。

たたみかけるように、命婦は古めかしい大きな箱をお出しした。
「姫君から、源氏の君の元日のお着物でございます。『妻になったのだから、夫君(おっとぎみ)に元日のお着物を贈らなければ』とおっしゃいまして。中身は、まぁ、ご想像のとおりでございます。私の方でどこかに隠してしまおうかとも思ったのですが、それも恐れ多うございますので、とりあえずお目にかけることだけはしようと持ってまいりました」
と申し上げる。

源氏の君は体勢を戻すと、かろうじて、
「いやいや、ありがたいお気持ちであるから(つつし)んで頂戴(ちょうだい)しよう」
とだけおっしゃったわ。
またお手紙に目をおやりになる。
<それにしてもとんでもない文章だ。気の利く女房(にょうぼう)にでも相談なさればもっと無難な文章になっただろうが、きっとその女房が不在か何かで、姫君お一人でお書きになったのだ。これがあの姫君の限界か>
と残念に思われたけれど、
「一生懸命知恵をしぼってお書きになるところをご想像したよ。貴重な恐れ多いお手紙だ」
とほほえんでおっしゃる。
命婦は恥ずかしくて赤くなってしまった。

箱のなかのお着物もご覧になる。
仕立(した)ては平凡でたいしたものではなく、色は古ぼけているか派手すぎるかだった。
<これはまた、何とも言えない代物(しろもの)だな>
とお思いになって、お手紙の端に何かお書きになる。
「どうして末摘花(すえつむはな)のような姫君と関係をもってしまったのだろう。(べに)色の花と鼻」
と、なぞなぞのような文章だったわ。
命婦は実は姫君のお顔をちらりと拝見したことがあって、鼻の先が赤くなっていらっしゃることを知っていたから、(なぞ)が解けるとおかしくなってしまった。
「恐れ多くも宮様の姫君でいらっしゃいますから、せいぜい大切にしてさしあげてくださいませね。おふたりともお気の毒なことで」
と、慣れたふうに小声で申し上げる。
<姫君がこの命婦の何分の一かでも、会話や手紙のやりとりに慣れた人ならよかったのに。しかし命婦の言うことはもっともだ。亡き宮様のお名前に傷をつけることはしてはならない>
と誓われたわ。

他の女房たちがやって来る気配がした。
源氏の君はあわてて、
「この箱は隠せ。女房たちが見つけてあれこれ言うようなことがあったら、姫君に恐れ多い」
とおっしゃる。
命婦は、
<やはりお見せしない方がよかったかしら。私まで非常識に思われたら困るわ>
と恥ずかしがりながらお部屋から下がっていった。