年が明けて源氏(げんじ)(きみ)十八歳の春。
はやり(やまい)におかかりになって、長くご回復の(きざ)しがなかったの。
お寺や神社でいろいろなお祈りが行われたけれど、残念ながら効果が出ない。

ある人が、
北山(きたやま)という山のお寺に有名な山伏(やまぶし)——山にこもって修行(しゅぎょう)している人がおります。病気を治す力をもっていて、去年のはやり病のときも、その者が大勢を救ったそうでございます。これ以上ご病気が悪化してもいけませんので、その者をお呼びになって、お祈りなどをさせなさってはいかがでございましょう」
と源氏の君に申し上げた。

源氏の君はさっそくその山伏をお呼びになったけれど、
「年老いておりますので、()みかから出ることができません」
と言う。
「仕方がない。こちらからこっそり北山へ行こう」
とおっしゃって、源氏の君はお(とも)を四、五人だけ連れて明け方にお出かけになったの。

お寺は山奥にあった。
(みやこ)の桜は散ってしまったけれど、山のなかの桜は今が見ごろ。
ぼんやりと(かすみ)がかっていて幻想(げんそう)的なの。
源氏の君はご身分がら、こんなお出かけはなさったことがない。
めずらしい体験にお気持ちがはずみ、ご病気のことも少しお忘れになった。

お寺は、いかにも病気回復の効き目がありそうな、ありがたい雰囲気だった。
そこからさらに山を登って、源氏の君は岩穴(いわあな)に住んでいる山伏に会いにいかれた。
ご身分を明かさず、わざと中流貴族のような格好をなさっているけれど、山伏は客の正体に気づいてしまったみたい。
「これはこれは、先日お呼びくださった源氏の君でございましょう。わざわざお越しいただくとは恐れ多いことでございます。老い先が短い私は、最近は来世(らいせ)のことばかり考えております。現世(げんせ)で役に立つ病気回復のお祈りなどは、やり方も忘れかけておりますが、どういたしましょう」
とあわてている。

それでも源氏の君のお姿を拝見すると、思わずほほえみがこぼれるの。
優しいけれど力強くて、いかにも頼りになりそうな山伏のほほえみだったわ。
山伏は源氏の君におまじないのお薬を差し上げた。
他にもお祈りなどをしているうちに、日が高くなりはじめたの。