夕顔の君は恋人関係になっても素性を源氏の君に明かされない。
源氏の君もご自分は誰かを夕顔の君に教えないままなの。
不思議なご関係よね。
お互いに相手がどこの誰か知らないなんて、ちょっと怖い気がするけれど。
源氏の君はわざと粗末な格好をなさって、乗り物ではなく馬に乗ってお通いになる。
惟光は女房たちに正体を知られているから、お供から外された。
となりの乳母の家に立ち寄ることもなさらない。
よくもそこまでというほどの徹底ぶりよ。
女君の方では恋人の素性を気になさっていた。
それはそうよね。
源氏の君のお手紙を持ってきた使者が帰るとき、誰かにあとをつけさせることも何度かあったの。
でも、いつもうまくまかれてしまって、結局分からないまま。
源氏の君はどんどん夕顔の君に夢中になっていかれた。
おっとりとかわいらしくて、どうしようもなく会いたくなってしまうような人なの。
身分の不釣り合いな恋人の家に変装してまで通うなんてばかばかしいとお思いになりながらも、頻繁に通っていらっしゃった。
恋愛って、普段は真面目な人でも分別をなくすことがあるじゃない?
源氏の君はそれをご存じだったから、よくよく気をつけていらっしゃった。
源氏というただの貴族になってしまったとはいえ、もとは帝の皇子だもの。
帝のお顔に泥をぬるような噂が立つのはお嫌なの。
だから、人から悪く言われるようなことはしないようにしていらっしゃったけれど、この女君にお会いになることはやめられない。
すっかりのめりこんで、離れている時間は狂おしくなってしまわれるほど。
でもそんなご自分を、どうかしているともお思いになる。
お心をもてあました源氏の君が思い出されるのは、幼い子どものようにおっとりとした女君の姿。
男を知らないわけではないのに、ふしぎなほど何も気にせず、いつもにこにこなさっているの。
「素性は分からないが、たいした身分の人でもないはずだ。どうしてこんなにも気になってしまうのだろう」
と混乱していらっしゃる。
これまでの恋人たちとは、身分はもちろん性格がかなり違う女性なの。
難しい恋愛に疲れたときって、こういう女性に惹かれることもあるのでしょうね。
源氏の君は身分の低い貴族のような格好でお通いになっている。
しかも、女房たちが寝静まった深夜に現れて、お顔をちらりともお見せにならないよう気を遣っておられるの。
女君はそれが薄気味悪く思われるけれど、お着物は手触りからとても上等なものだとお分かりになる。
「いったいどなたなのかしら。最近若い女房のところに出入りしている男が連れてきたのかしら」
と想像なさっていたわ。
疑われている惟光は、知らん顔をして若い女房に夢中なふりをしている。
それをご覧になると、
「この男は関係ないのかしら。ではあの方は、どこからどう現れた方なのかしら」
と不思議で、困惑なさっていた。
源氏の君は、女君が頭中将の行方不明になった恋人だろうと確信しはじめておられた。
「こんなふうに何も考えていないような顔でにこにこしていて、それで急に行方をくらまされたら、私だって探しようがない。隠れるように暮らしているのだから、もしここが都合が悪くなれば、すぐにどこかへ引っ越してしまうだろう。いなくなったらいなくなったで諦めればよい、とは思えそうにもない」
と心配なさった。
あまり頻繁にお通いになるのも人目が気になるので、しばらくお通いにならないでおく。
すると、我慢できないほど苦しくなってしまわれるの。
「もうこれは駄目だ。二条の院に住まわせよう。だが、女の身分が低いことをはっきりさせてしまったら、女房の扱いしかできない。身分はうやむやにしたまま、こっそりと誰にも知らせず妻ということにしよう。それで何か悪いことが起きたとしても、もうそれは仕方がない。運命だろう」
とご決心なさった。
「もっと気を遣わなくてもよいところで一緒に暮らしませんか」
と女君にご相談なさる。
女君は、
「私たちの関係はふつうではありませんもの。ご信頼してよいものかどうか、不安で」
と子どもっぽくお答えになる。
「たしかにそうだ」
と源氏の君は苦笑なさって、
「狐と狸の化かし合いをしているような私たちだけれど、これについては私に化かされておくれ」
と優しくおっしゃった。
あぁ、もうこれは駄目ね。
女君はうっとりとうなずかれたわ。
源氏の君は、こんな急な誘いを受け入れて従おうとする女君を、かわいらしいとお思いになった。
頭中将の恋人ではというお疑いはますます強まるけれど、女君が秘密にしているようなので、こちらからお聞きになることもできない。
「とても自分から行方をくらませるような人には見えないが、長い間訪ねずに放っておいたら、そんなことも考えるのだろうか」
と首をかしげていらっしゃった。
源氏の君もご自分は誰かを夕顔の君に教えないままなの。
不思議なご関係よね。
お互いに相手がどこの誰か知らないなんて、ちょっと怖い気がするけれど。
源氏の君はわざと粗末な格好をなさって、乗り物ではなく馬に乗ってお通いになる。
惟光は女房たちに正体を知られているから、お供から外された。
となりの乳母の家に立ち寄ることもなさらない。
よくもそこまでというほどの徹底ぶりよ。
女君の方では恋人の素性を気になさっていた。
それはそうよね。
源氏の君のお手紙を持ってきた使者が帰るとき、誰かにあとをつけさせることも何度かあったの。
でも、いつもうまくまかれてしまって、結局分からないまま。
源氏の君はどんどん夕顔の君に夢中になっていかれた。
おっとりとかわいらしくて、どうしようもなく会いたくなってしまうような人なの。
身分の不釣り合いな恋人の家に変装してまで通うなんてばかばかしいとお思いになりながらも、頻繁に通っていらっしゃった。
恋愛って、普段は真面目な人でも分別をなくすことがあるじゃない?
源氏の君はそれをご存じだったから、よくよく気をつけていらっしゃった。
源氏というただの貴族になってしまったとはいえ、もとは帝の皇子だもの。
帝のお顔に泥をぬるような噂が立つのはお嫌なの。
だから、人から悪く言われるようなことはしないようにしていらっしゃったけれど、この女君にお会いになることはやめられない。
すっかりのめりこんで、離れている時間は狂おしくなってしまわれるほど。
でもそんなご自分を、どうかしているともお思いになる。
お心をもてあました源氏の君が思い出されるのは、幼い子どものようにおっとりとした女君の姿。
男を知らないわけではないのに、ふしぎなほど何も気にせず、いつもにこにこなさっているの。
「素性は分からないが、たいした身分の人でもないはずだ。どうしてこんなにも気になってしまうのだろう」
と混乱していらっしゃる。
これまでの恋人たちとは、身分はもちろん性格がかなり違う女性なの。
難しい恋愛に疲れたときって、こういう女性に惹かれることもあるのでしょうね。
源氏の君は身分の低い貴族のような格好でお通いになっている。
しかも、女房たちが寝静まった深夜に現れて、お顔をちらりともお見せにならないよう気を遣っておられるの。
女君はそれが薄気味悪く思われるけれど、お着物は手触りからとても上等なものだとお分かりになる。
「いったいどなたなのかしら。最近若い女房のところに出入りしている男が連れてきたのかしら」
と想像なさっていたわ。
疑われている惟光は、知らん顔をして若い女房に夢中なふりをしている。
それをご覧になると、
「この男は関係ないのかしら。ではあの方は、どこからどう現れた方なのかしら」
と不思議で、困惑なさっていた。
源氏の君は、女君が頭中将の行方不明になった恋人だろうと確信しはじめておられた。
「こんなふうに何も考えていないような顔でにこにこしていて、それで急に行方をくらまされたら、私だって探しようがない。隠れるように暮らしているのだから、もしここが都合が悪くなれば、すぐにどこかへ引っ越してしまうだろう。いなくなったらいなくなったで諦めればよい、とは思えそうにもない」
と心配なさった。
あまり頻繁にお通いになるのも人目が気になるので、しばらくお通いにならないでおく。
すると、我慢できないほど苦しくなってしまわれるの。
「もうこれは駄目だ。二条の院に住まわせよう。だが、女の身分が低いことをはっきりさせてしまったら、女房の扱いしかできない。身分はうやむやにしたまま、こっそりと誰にも知らせず妻ということにしよう。それで何か悪いことが起きたとしても、もうそれは仕方がない。運命だろう」
とご決心なさった。
「もっと気を遣わなくてもよいところで一緒に暮らしませんか」
と女君にご相談なさる。
女君は、
「私たちの関係はふつうではありませんもの。ご信頼してよいものかどうか、不安で」
と子どもっぽくお答えになる。
「たしかにそうだ」
と源氏の君は苦笑なさって、
「狐と狸の化かし合いをしているような私たちだけれど、これについては私に化かされておくれ」
と優しくおっしゃった。
あぁ、もうこれは駄目ね。
女君はうっとりとうなずかれたわ。
源氏の君は、こんな急な誘いを受け入れて従おうとする女君を、かわいらしいとお思いになった。
頭中将の恋人ではというお疑いはますます強まるけれど、女君が秘密にしているようなので、こちらからお聞きになることもできない。
「とても自分から行方をくらませるような人には見えないが、長い間訪ねずに放っておいたら、そんなことも考えるのだろうか」
と首をかしげていらっしゃった。



