そうそう、夕顔(ゆうがお)の家の女主人(おんなしゅじん)のことをお話ししないとね。
あれから惟光(これみつ)はいろいろと探って、源氏の君にご報告に上がったの。
「まだ女主人が誰かまでは分かっておりませんが、家の前の道を貴族の乗り物が通るたびに、しきりに気にしている様子です。先日は雑用(ざつよう)係の女の子が、『頭中将(とうのちゅうじょう)様の乗り物がお通りになります』とあわてて女房に報告しておりました。女房は『静かに』と注意して、『どうして頭中将様のお乗り物だと分かったの』と尋ねました。女の子は、『お(とも)のなかに知っている人がいたのです』と答えておりました」

源氏の君は、
「頭中将の知り合いということか。女主人は頭中将の恋人だろうか。正体をこれほど隠していて、何か深い事情がありそうなことを考えると、もしかしたら行方(ゆくえ)不明(ふめい)になったという頭中将の昔の恋人かもしれない」
と思い当たられた。
あの雨の夜の女性談義(だんぎ)で、「かわいい娘を連れて姿を消してしまった」と頭中将が(なげ)いていた女性ね。

惟光は続ける。
「手紙のやりとりをしていた若い女房と深い関係になりましたので、家のすみずみまで見て、女房たちの会話も聞いてまいりました。家主の若い妻というのが女主人ではなく、その者も女房のひとりのようです。私には女主人など存在しないようなふりをして、お互い敬語を使わず友人同士のように話しております。雑用(ざつよう)係の幼い女の子などがうっかり敬語を使うと、周りの女房たちが(あわ)ててごまかそうとするのです。よほどの事情がある女主人なのでしょう」

源氏の君は、
人目(ひとめ)につかないところから、部屋のなかを(のぞ)けないだろうか。乳母(めのと)の見舞いのついでに見てみたい」
とおっしゃる。
「家の雰囲気からして下級貴族だが、そこに思いがけず美しくて上品な人がいたら、さぞかしおもしろいだろう」
と期待なさっていたわ。

惟光は忠実(ちゅうじつ)な家来だから、うまく立ち回って源氏の君とこの女主人を恋人関係にした。
そのあたりの詳しいお話は、長くなるからやめておくわね。
この女君は夕顔の咲く家にお住まいだから、「夕顔(ゆうがお)(きみ)」とお呼びしましょう。