源氏(げんじ)(きみ)は、空蝉(うつせみ)(きみ)のことや、他の女性たちとのご関係のことでお悩みがたくさんある。
ご自宅の二条(にじょう)(いん)で悩まれていることが多くて、左大臣(さだいじん)(てい)にはたまにしか行かれない。
左大臣(さだいじん)様は源氏の君を冷たい婿君(むこぎみ)だとお(うら)みになっていたわ。

六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)のところには行かれるのかと言うと、そうでもない。
恋人にするまではとてもご熱心だったのに、手に入れてしまうとお気持ちが冷めてしまわれたみたいね。
御息所(みやすんどころ)は何事も思いつめて考えてしまわれるご性格なの。
年下の源氏の君に熱く口説(くど)かれて恋人関係になったものの、それが世間に知られたら恥ずかしいと悩んでいらっしゃった。

ひさしぶりに源氏の君は御息所のお屋敷をお訪ねになった。
一晩過ごされた翌朝、源氏の君は眠そうにお部屋から出ていらっしゃったわ。
美しい女房(にょうぼう)が、御息所の前のついたてをずらす。
御息所はゆっくり頭をもたげて、出ていく源氏の君をお見送りになった。
源氏の君はお庭に面した廊下を歩いていかれる。
お庭には色とりどりの花が咲いていて美しいの。
立ち止まってご覧になる源氏の君のお姿も、またお美しかったわ。

さっきの美しい女房は、乗り物のところまでお見送りするために源氏の君についてきていた。
季節に合った上品な色の着物を着ていて、(こし)のあたりがなまめかしい。
廊下の角を曲がったところで、源氏の君はふと振り返って女房をご覧になった。
しばらくじっとお見つめになる。
(すき)がなくて上品な最高級の女房なの。

思わず浮気心(うわきごころ)が起きて、女房の手をとっておっしゃる。
「気持ちの移りやすい男だと思われても困るが、この花も手に入れたい。どうしたらよいだろう」
女房は慣れた様子で源氏の君の手をほどくと、
「本当に御息所様は花のようにお美しい方でございます」
と、わざと気づかないふりをして、ほほえみながらお答えした。

源氏の君のお美しさは世間に広く知られていて、娘や姉妹をおそばでお仕えさせたいと願っている人はたくさんいたの。
実際に近くでお仕えして、たまにお言葉をかけていただける女房たちは、世間が想像している以上の源氏の君のお美しさに魅了(みりょう)されている。
御息所の女房たちも同じで、源氏の君がたまにしかお越しにならないことをつまらなく思っていた。
早く御息所が源氏の君の奥様の一人として(あつか)われるようになって、一日中こちらのお屋敷でお姿を拝見できたらよいのにと思っているようだったわ。