六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)夕顔(ゆうがお)の家の女、気になる女性はたくさんいらっしゃるけれど、空蝉(うつせみ)(きみ)のことも源氏(げんじ)(きみ)はお忘れになっていない。
冷たく(こば)まれたが(あきら)めるのも(しゃく)だと悩んでいらっしゃるところに、空蝉の君の夫がやって来た。
この人は地方で働く中流(ちゅうりゅう)貴族で、年をとっているけれど色気のある、(おとこ)ぶりのよい人よ。
ひさしぶりに(みやこ)に戻ってきたから、源氏の君のところへごあいさつに上がったの。
息子の紀伊()(かみ)や、妻の弟の小君(こぎみ)がお世話になっているお礼を申し上げる。

地方から都へは船で来たらしく、ずいぶん日焼けしてげっそりしていた。
でも、もともと家柄(いえがら)がよい人で、顔立ちにも品がある。
働いていた地方のめずらしい話を源氏の君にお聞かせしていたわ。
源氏の君は、目の前にいるのが空蝉の君の夫だと思うと気恥ずかしくなってしまって、鷹揚(おうよう)に話しかけることもおできにならない。
()いも(あま)いもかみ分けた老貴族(ろうきぞく)に、若いご自分は()みこまれるようなお気持ちがされた。
空蝉の君は源氏の君にとっては冷淡(れいたん)な女性だけれど、夫にとっては言い寄る男を(こば)む、きちんとした妻なのよね。

ひとしきり地方の話をしたあとで、空蝉の君の夫は、
「実はこのたび都に戻りましたのは、妻を連れて地方へ行くためでございます。その前に娘を結婚させますので、安心して二人で地方へ参れます」
と申し上げて帰っていったの。
源氏の君は驚きあわてて小君を呼んだ。
「なんとかもう一度あの人に会えないだろうか」
とご相談なさる。

小君は姉君(あねぎみ)のところへ行って源氏の君のお気持ちをお話ししたけれど、
「あの方とは身分も境遇(きょうぐう)も何もかも違うのです。今さらお会いすることなどできません」
とはっきりお断りになる。
秘密の逢瀬(おうせ)はお互いに思い合っていても簡単ではない。
まして片方がつっぱねているなら、会うことはほとんど不可能でしょうね。

とはいっても、空蝉の君も完全に関係を断ち切ることはなさらない。
ときどきは源氏の君からのお手紙にお返事を書いて、優しさをお見せになるの。
普段は冷たい人がたまに優しくしてくれるのって、(つみ)よね。
源氏の君も空蝉の君をますます忘れられないとお思いになったわ。