野いちご源氏物語 〇四 夕顔(ゆうがお)

夕顔(ゆうがお)の家では、女主人(おんなしゅじん)(なぞ)男君(おとこぎみ)と出ていったまま行方(ゆくえ)不明(ふめい)になったことに大騒ぎしていた。
でも女房(にょうぼう)たちには探しようがないの。
女君(おんなぎみ)と一緒に乗り物に乗っていった右近(うこん)まで戻ってこないから、いったい何があったのだろうと途方(とほう)に暮れていたわ。

手がかりはあの謎の男君だけ。
女君が行方不明になってからぱたりと訪ねてこないのだから、絶対にあやしい。
「お名前もお顔も隠していらっしゃったけれど、あれはきっと源氏(げんじ)(きみ)よね。惟光(これみつ)様は源氏の君のご家来(けらい)なのでしょう? お尋ねしたら何か分かるのでは」
と、惟光が若い女房に会うために夕顔の家へやって来るのを待っている。

惟光は、
「その謎の男君というのは、私の主人ではありませんよ。私はここの女房に恋人がいて、それでこの家に通ってきているだけなのですから」
と知らん顔で言う。
女房たちはわけがわからないまま、
「惟光様のおっしゃることが本当なら、あの男君は女好きな中流貴族で、地方で働くことになったと言って姫様を連れていってしまったのかもしれないわ。きっと頭中将(とうのちゅうじょう)様に(しか)られることを恐れて、何もかも秘密にして突然に」
と真剣に想像していた。

源氏の君は、夕顔の君の生んだ女の子を二条(にじょう)(いん)に引き取って育てたいと思っていらっしゃった。
ご自分のお名前は出さずに、うまくごまかして連れてくるよう右近にお命じになっていたわ。
でも、右近は女の子を預かってくれている知り合いに連絡できずにいたの。
だって、右近から連絡があったということを、知り合いが夕顔の家に知らせてしまうかもしれないでしょう?
右近が女の子を迎えにいったら、夕顔の家の女房が話を聞こうと待ち構えているかもしれない。
そう思うと、夕顔の家にはもちろん、女の子の預け先にも連絡はできなかった。
女の子は田舎で育ちつづけることになってしまったわ。

四十九日の法要の翌日、源氏の君は夕顔の君の夢をご覧になった。
あの荒れたお屋敷で寝ている女君の(まくら)もとに、美しい女性が座っている夢。
源氏の君ははっとお目覚めになった。
心臓が激しく打っている。
「荒れた屋敷に住む妖怪(ようかい)だったのだろうか。何か私を(うら)む事情があるようなことを言っていたが」
とお胸を押さえて苦しんでいらっしゃった。