野いちご源氏物語 〇四 夕顔(ゆうがお)

源氏(げんじ)(きみ)のご病気が回復に向かっていたころのこと。
空蝉(うつせみ)(きみ)は、いよいよ夫と一緒に地方へ行く日が近づいていた。
「源氏の君は私をすっかり捨ててしまわれたのだろう。これでよいはずだけれど、(さび)しい気もする」
と思い悩んでいらっしゃるときに、源氏の君がご病気だとお聞きになった。
「どうせすぐ遠くへ行くのだから」と、ご自分に言い訳をなさってお手紙をお送りになる。

「私のことなどお忘れですか。『なぜ見舞いの手紙をくれないのだ』と聞いてくださいませんね。ご病気とうかがってご心配申し上げておりますが、『心配している』と口に出せなくて苦しんでいるのでございます。生きるのもつらいと思われるほどに」
源氏の君はめずらしい空蝉の君からのお手紙をよろこんで、すぐにお返事をお書きになった。
「私こそ、あなたのご冷淡(れいたん)さに生きるのがつらいと何度も思いましたよ。でも(せみ)()(がら)をいただいたころと比べたら、大きな進歩ですね。こんなお手紙をいただいては、もうしばらく生きたいと思ってしまうではありませんか」

筆跡(ひっせき)は少し乱れているけれど、そこから源氏の君の(いき)(づか)いが聞こえてきそうでお美しいの。
女君(おんなぎみ)は、
「私の着物をお持ち帰りになったことを忘れていらっしゃらないのだ。今思うと、あきれるほどまっすぐで、こんなふうに申しては失礼だけれどおかわいらしい方だった。私が(みやこ)を離れれば忘れてしまわれるだろうか。お若いころの思い出のひとつにしていただこうというのは(おそ)(おお)いだろうか」
と、しんみりとほほえんでいらっしゃった。