ご回復はなさったけれど、お顔はやつれてしまわれたまま。
でもかえって、すっきりとした青年らしいお美しさにおなりだった。
ぼんやりしてお泣きになることがあるので、近くでお仕えしている人はまだ心配していたわ。
右近をお呼びになって、のどかな夕暮れ時にお話をなさる。
「やはりまだ腑に落ちないのだ。あの人はどうしてあれほど素性を隠していたのか」
右近は、
「深く隠しておられたわけではありません。申し上げる機会もないうちに、よく分からないままご関係が始まってしまったのでございます。男君が源氏の君であることは途中からお気づきでした。源氏の君にお名前もお顔も隠して通われて、本気で愛していただけると思う女がおりましょうか。姫様もおつらく悩まれて、少し意地を張られたのでございましょう」
とお答えする。
源氏の君は、
「つまらない意地の張り合いだったのか。私も隠したかったわけではない。秘密の恋愛に不慣れだったこともあるし、窮屈な身分だから、はっきりと名乗って女性を口説くことは難しい。それなのにあの人に夢中になってしまって、世間体を気にしなければならなかっただけのことだ。短い恋だったが、私の心から消えることはないだろう。
さぁ、詳しく話してくれ。今となっては何も隠すことなどないはずだ。このままでは、誰のためなのか分からないまま法要をすることになる」
と優しい苦笑をなさる。
「姫様が隠していらっしゃったことを、お亡くなりになったあとで私などがお話しするのは気がとがめますが」
と話しはじめる。
「ご両親はもういらっしゃいません。父君は、あと少しで上級貴族というところでご出世が止まり、お嘆きのうちに亡くなってしまわれました。姫様をとてもかわいがっていらっしゃったのですが。
そのうち頭中将様が姫様を見初められて、三年ほどこっそりお通いくださいました。女のお子様もお生まれになり、これで姫様もお幸せになれると私もご安心申し上げておりました。ところが去年の秋、頭中将様のご正妻から恐ろしい脅し文句が届いたのでございます。
姫様はすっかりおびえてしまわれました。あわてて田舎のお知り合いのところへ身を寄せられたのですが、そこは何かと不便で、お子様だけを田舎に残し、ご自分はあの夕顔の家に移られたのです。
感情を隠そうとなさるご性格で、悩みがあるようなそぶりは見せたくないというお方でした。あなた様が姫様のお悩みに気づかれなかったとしても、ご無理はございません」
源氏の君は、
「やはり頭中将が話していた、行方不明になったという恋人だったのか」
と納得なさった。
「その女の子はどこに預けてあるのだ。うまくここへ連れてきて、あの人の形見として私に育てさせてほしい。頭中将に知らせるのはまだ先でよいだろう。あの人とのことをすべて話さなければならなくなる」
とおっしゃる。
右近は、
「ありがたい仰せでございます。あのような田舎でお育ちになるのは心苦しく思っておりました」
と申し上げた。
夕暮れ時であたりは静か。
空は美しく、虫の音がほのかに聞こえて、お庭の木々は紅葉しはじめていた。
二条の院は絵に描いたような美しいお屋敷なの。
右近は、あの貧しい夕顔の家を思い出して恥ずかしくなってしまった。
「お年はいくつであったのか。子どものようにおっとりとした人だと不思議に思っていたが、若くして亡くなる運命だったからかもしれない」
とお尋ねになると、
「十九歳でいらっしゃいました。私は姫様の乳母の子で、姫様と一緒に育ったのです。私の母が早くに亡くなった後も、姫様の父君は私を姫様のおそばにおいてくださいました。父君がお亡くなりになったあとは、ただ姫様をお頼りして生きてまいったのでございます。あんなに弱々しい方でしたのに、私はお頼りするばかりで、お守りすることができませんでした。悔しゅうございます」
とお答えする。
「弱々しいところがかわいらしい人だった。私は自分の気が弱いからか、賢そうにつんと澄ましている女性は扱いづらくていけない。ただただ優しくて、ともすると悪い男にだまされそうな人で、しかし夫に一途で従順な女性がよい。そういう性質の人を自分好みに育てあげられたら、さぞかし理想的な妻になるだろう」
とおっしゃるので、右近は、
「姫様は源氏の君のご希望どおりでいらっしゃったのに」
と悲しくなって泣いてしまった。
空がくもり、冷たい風が吹きはじめた。
源氏の君は誰にも聞こえないような声で、
「あの雲はあの人を火葬した煙かもしれないと、空を見上げるたび、そう思いたくなるのだよ」
とおっしゃった。
右近は何も申し上げられない。
「ここに姫様がおいでになって、ご夫婦として空を眺めていらっしゃるならば」
と想像すると胸がいっぱいになってしまう。
「長い夜は、あの夕顔の家を思い出してしまうな。騒がしいところだったが、いつまでも忘れられない隠れ家だ」
とおっしゃって、ご寝室にお入りになった。
でもかえって、すっきりとした青年らしいお美しさにおなりだった。
ぼんやりしてお泣きになることがあるので、近くでお仕えしている人はまだ心配していたわ。
右近をお呼びになって、のどかな夕暮れ時にお話をなさる。
「やはりまだ腑に落ちないのだ。あの人はどうしてあれほど素性を隠していたのか」
右近は、
「深く隠しておられたわけではありません。申し上げる機会もないうちに、よく分からないままご関係が始まってしまったのでございます。男君が源氏の君であることは途中からお気づきでした。源氏の君にお名前もお顔も隠して通われて、本気で愛していただけると思う女がおりましょうか。姫様もおつらく悩まれて、少し意地を張られたのでございましょう」
とお答えする。
源氏の君は、
「つまらない意地の張り合いだったのか。私も隠したかったわけではない。秘密の恋愛に不慣れだったこともあるし、窮屈な身分だから、はっきりと名乗って女性を口説くことは難しい。それなのにあの人に夢中になってしまって、世間体を気にしなければならなかっただけのことだ。短い恋だったが、私の心から消えることはないだろう。
さぁ、詳しく話してくれ。今となっては何も隠すことなどないはずだ。このままでは、誰のためなのか分からないまま法要をすることになる」
と優しい苦笑をなさる。
「姫様が隠していらっしゃったことを、お亡くなりになったあとで私などがお話しするのは気がとがめますが」
と話しはじめる。
「ご両親はもういらっしゃいません。父君は、あと少しで上級貴族というところでご出世が止まり、お嘆きのうちに亡くなってしまわれました。姫様をとてもかわいがっていらっしゃったのですが。
そのうち頭中将様が姫様を見初められて、三年ほどこっそりお通いくださいました。女のお子様もお生まれになり、これで姫様もお幸せになれると私もご安心申し上げておりました。ところが去年の秋、頭中将様のご正妻から恐ろしい脅し文句が届いたのでございます。
姫様はすっかりおびえてしまわれました。あわてて田舎のお知り合いのところへ身を寄せられたのですが、そこは何かと不便で、お子様だけを田舎に残し、ご自分はあの夕顔の家に移られたのです。
感情を隠そうとなさるご性格で、悩みがあるようなそぶりは見せたくないというお方でした。あなた様が姫様のお悩みに気づかれなかったとしても、ご無理はございません」
源氏の君は、
「やはり頭中将が話していた、行方不明になったという恋人だったのか」
と納得なさった。
「その女の子はどこに預けてあるのだ。うまくここへ連れてきて、あの人の形見として私に育てさせてほしい。頭中将に知らせるのはまだ先でよいだろう。あの人とのことをすべて話さなければならなくなる」
とおっしゃる。
右近は、
「ありがたい仰せでございます。あのような田舎でお育ちになるのは心苦しく思っておりました」
と申し上げた。
夕暮れ時であたりは静か。
空は美しく、虫の音がほのかに聞こえて、お庭の木々は紅葉しはじめていた。
二条の院は絵に描いたような美しいお屋敷なの。
右近は、あの貧しい夕顔の家を思い出して恥ずかしくなってしまった。
「お年はいくつであったのか。子どものようにおっとりとした人だと不思議に思っていたが、若くして亡くなる運命だったからかもしれない」
とお尋ねになると、
「十九歳でいらっしゃいました。私は姫様の乳母の子で、姫様と一緒に育ったのです。私の母が早くに亡くなった後も、姫様の父君は私を姫様のおそばにおいてくださいました。父君がお亡くなりになったあとは、ただ姫様をお頼りして生きてまいったのでございます。あんなに弱々しい方でしたのに、私はお頼りするばかりで、お守りすることができませんでした。悔しゅうございます」
とお答えする。
「弱々しいところがかわいらしい人だった。私は自分の気が弱いからか、賢そうにつんと澄ましている女性は扱いづらくていけない。ただただ優しくて、ともすると悪い男にだまされそうな人で、しかし夫に一途で従順な女性がよい。そういう性質の人を自分好みに育てあげられたら、さぞかし理想的な妻になるだろう」
とおっしゃるので、右近は、
「姫様は源氏の君のご希望どおりでいらっしゃったのに」
と悲しくなって泣いてしまった。
空がくもり、冷たい風が吹きはじめた。
源氏の君は誰にも聞こえないような声で、
「あの雲はあの人を火葬した煙かもしれないと、空を見上げるたび、そう思いたくなるのだよ」
とおっしゃった。
右近は何も申し上げられない。
「ここに姫様がおいでになって、ご夫婦として空を眺めていらっしゃるならば」
と想像すると胸がいっぱいになってしまう。
「長い夜は、あの夕顔の家を思い出してしまうな。騒がしいところだったが、いつまでも忘れられない隠れ家だ」
とおっしゃって、ご寝室にお入りになった。



