野いちご源氏物語 〇四 夕顔(ゆうがお)

帰宅した源氏(げんじ)(きみ)のひどいご様子に、二条(にじょう)(いん)でお仕えしている人たちは心配したわ。
「どちらからお帰りになったのですか。ずいぶんお苦しそうでございますが」
などとお尋ねするけれど、源氏の君は何もおっしゃらない。
ご寝室にお入りになって、胸を押さえていらっしゃる。
「一緒に乗り物に乗っていけばよかった。もし道中(どうちゅう)で生き返ったら、私に見捨てられたと思うだろう」
と後悔なさっていたわ。
頭痛がしてお熱もあるような苦しいご気分なの。
「私も死ぬのだろうか」
と心細くおなりになった。

日が高くなったのにご寝室から出ていらっしゃらないので、女房(にょうぼう)たちは不思議がっている。
(かゆ)をおすすめしても、苦しくてお召し上がりにならない。
そこへ内裏(だいり)からのお使者(ししゃ)として頭中将(とうのちゅうじょう)様がいらっしゃったの。
「あなた様が昨日内裏にいらっしゃらなかったので、(みかど)がお探しになったのですよ。左大臣(さだいじん)(てい)や二条の院などにお使者をおやりになっても見つからず、ご心配のご様子でした。今日はこちらにいらっしゃってよかった。昨日はいったいどうなさったのです」

源氏の君は本当のことなど到底(とうてい)おっしゃることができない。
「おとといの夜に乳母(めのと)の見舞いに行ったのだが、その家の下働(したばたら)きの者が急死したのです。もちろん直接見たわけではないが、同じ家にいたというだけでも(けが)れに()れて不吉(ふきつ)な体になってしまうでしょう。それで昨日は内裏に上がることができなかったのです。今朝はなんだか頭痛がして、一日休んでいようと思う」
とごまかしてしまわれた。

頭中将様は、
「そうだったのですか。帝に申し上げておきましょう。昨夜は内裏で演奏会があって、帝はあなた様も呼びたいとお探しだったのです。見つからなくてご機嫌がお悪うございましたよ」
と真面目そうなお顔でおっしゃった。
お帰りになろうとなさって、源氏の君の近くで声をひそめて申し上げる。
「どのような(けが)れです。私も触れてみたくなるような穢れではありませんか」

源氏の君は頭中将様の(かん)のよさに驚いて、
「穢れの詳細(しょうさい)(はぶ)いてくれてよいから、ただ思いがけない穢れに触れてしまったとだけ申し上げてください」
とおっしゃる。
頭中将様の恋人らしい女君(おんなぎみ)を目の前で死なせてしまったのだから、いつもどおりのふりをなさっているけれど、お心のなかは乱れているの。
左大臣邸にもうまくごまかしたお手紙をお送りになって、しばらく行けないことをお伝えになった。