やっと惟光(これみつ)が参った。
普段はいつも源氏(げんじ)(きみ)のおそばにお仕えしているのに、今夜にかぎって居場所も分からなかったの。
源氏の君はそれに怒りながらも、すぐに近くにお呼びになる。
事情を説明しようとなさるけれど、あまりのことですぐにはお言葉も出てこない。
右近(うこん)は惟光の姿を物陰(ものかげ)から見て、惟光が初めて夕顔(ゆうがお)の家に来た日のことを思い出していた。
惟光は源氏の君のために、若い女房(にょうぼう)目当てのふりをして内情(ないじょう)を探っていたのよね。
この悲しい運命はあの日から始まっていたのかと、右近は泣きだした。

源氏の君は惟光が来たことで安心なさって、緊張の糸が切れたみたい。
不安と悲しみがあふれ出して、ひどくお泣きになった。
しばらくして、ようやくお話しになる。
「不思議なことが起きたのだ。こういうときは僧侶(そうりょ)のお祈りだと思って、僧侶を連れてまいるように言ったのだが」
惟光は、
「母の家におりました僧侶は、昨日寺へ戻ってしまったのです。私を迎えにきた家来(けらい)から『女君(おんなぎみ)が急死なさった』と聞きましたが、もともとご病弱(びょうじゃく)な方だったのですか」
とお尋ねする。
源氏の君は、
「いや、そんなことはない」
とおっしゃって、また泣いてしまわれた。
惟光も思わずもらい泣きをする。

惟光も源氏の君と同じくらいの若者なので、これといった名案は浮かばない。
「このお屋敷の管理人には知られぬ方がよいと存じます。管理人は信用できる者だとしても、家族や周りの者はどうか分かりません。とにかくまずは、女君と一緒にここをお出になった方がよろしゅうございます」
とだけおすすめする。
源氏の君は、
「どこに行けばよい。ここよりも人目(ひとめ)につかない場所などあるだろうか」
と不安そうにおっしゃる。

難題(なんだい)でございますね。夕顔の家に女君をお連れしたら、留守番をしていた女房たちがうるさく泣きわめくでしょう。近所に聞こえてしまいます。いっそ山寺(やまでら)はいかがでございましょうか。ご遺体(いたい)を運び込んでも、とくに気にする者はいないと存じます。私の知り合いの(あま)が住んでいる寺へお運びいたしましょう」
と惟光は申し上げて、源氏の君の乗り物を縁側(えんがわ)のところまで移動させたわ。

惟光は女君を敷物(しきもの)にくるんで、乗り物にお乗せした。
源氏の君は悲しみと恐れと混乱で、とても女君を抱きかかえることができなかったの。
敷物の間から女君の長い髪がこぼれる。
源氏の君は最期(さいご)まで見届けたいとお思いになったけれど、惟光は先手(せんて)を打って申し上げた。
「女君は私が寺までお運びいたします。あなた様は私が乗ってまいりました馬で二条(にじょう)(いん)へお帰りください。人目(ひとめ)が多くなる前に」
惟光は右近も乗り物に乗せると、自分は歩いて山寺に出発したわ。
源氏の君は呆然(ぼうぜん)としたまま、なんとか二条の院までたどり着かれた。